「もしトラ」が「ほんトラ」に――2024年米大統領選挙と日本
2024年11月6日



「いまトラ」、「ほんトラ」へ

「もしトラ」という言葉はいつから使われたか。米民主党が81歳のバイデンを大統領候補に選んだ段階で、トランプに勝てるのか懸念が生まれた。早い時期にこの言葉を社説に掲げたのは、9カ月前の『日刊工業新聞』2月7日付だった(「「もしトラ」の現実味、問われる民主主義、行方に懸念」)。まだ「まさか」という気持ちが半分はあった。だが、6月27日の第1回テレビ討論会でバイデンが醜態を演じて、「ほぼトラ」という言葉が使われ始めた。直言「NATOグローバル化のパラドックス」では、7月14日に起きたトランプ銃撃事件について、「「トランプを狙って撃った銃弾がバイデンに命中した」といわれる時がくるかもしれない」と書いた。続いて、直言「「不死身のトランプ」の帰還?」では、「「もしトラ」から「ほぼトラ」を経由して、「いまトラ」となる傾きと勢いを増している」という危機感をにじませて、トランプ・グッズをいろいろと紹介した。

   銃撃事件が起きて以降、トランプ陣営が活性化して、「ほぼトラ」という言葉が使われるようになった。自民党の茂木敏充幹事長(当時)が7月の長岡市での講演で、「確たる結果は今の段階で言えないが、現状はどうかというと、「ほぼトラ」から「確トラ」に近くなってきている。これが今の米国の状況ではないか」と語った(『朝日新聞』7月20日付)。

 8月19日の民主党大会で、バイデンが大統領選からの撤退を表明した。22日にカマラ・ハリスが指名受諾演説を行った。選挙直前での候補者差し換え。ハリスの選挙運動期間は短かった。冒頭の写真は、留学生などから入手したトランプの2016年、2020年、2024年の選挙キャップである。だが、ハリスキャップはなかなか見つからず、9月14日になってようやくオークションで見つけ、落札することができた。それだけ、ハリスの知名度と広がりが低かったということだろう。現職の大統領候補のドタキャンによる、にわか仕立ての候補者が、4年間、周到に選挙運動をしてきた前職のトランプにかなうわけもなかった。メディアはハリスとトランプを「互角」「大接戦」と報道し続けたが、開票が始まるやいなや、あっけなくトランプの勝利が確定した。私も接戦を予想していただけに驚いた。激戦州のうちでも目玉となるペンシルベニア、ミシガン、ウィスコンシンでトランプが勝利して、「トランプ返り咲き」は決定的となった。さまざまな分析がすでにいろいろと公表されているが、ここでは、トランプ復活の背景には、米国社会の構造的な変化があることを指摘しておきたい。さまざまあるが、やはりガソリン価格の高騰による生活苦がバイデン政権を直撃し、それが副大統領であるハリスにマイナスに作用したことが大きいだろう。

 

「就任初日は独裁者になる」

 勝利したトランプは、政府機密文書の不適切な取り扱いなど4つ事件で起訴され、有罪評決を受けている大統領候補者である。そのトランプは、来年1月に大統領に就任するや、特別検察官を解任し、議会議事堂乱入事件の支持者の恩赦を行い、大統領特権や広範な大統領権限をフルに使って、1期目には実現できなかった政策や、バイデン政権により中断された政策を強引にすすめていくのだろう。上院で共和党が多数を占めたので、人事もトランプ好みで進むに違いない。

   そこで気になるのは、昨年12月5日、FOXニュースのイベントで、トランプが、「独裁者にはならない。(大統領就任の)初日を除いて」と発言したことである(『毎日新聞』2023年12月12日付夕刊)。メディアは早速、「就任初日に独裁者になる」と「意訳」して、政敵への「報復」を示唆したものと批判したが、本人は、「(メキシコとの国境に)壁を作り、(石油などの)採掘を進めたいということだ」と説明したという。だが、「米国の敵は米国」と断じるトランプのことである、時間をかけて「内なる敵」のあぶり出しと粛清に向かうのだろう。

    トランプは、さまざまな矛盾を「外敵」に向ける手法も巧みである。1100万人の不法滞在者を強制送還(Deportation)すると公約している。現実的とは思えないが、就任初日からわかりやすい「見せしめ」を作るのだろう。

    投票日の前日、映画『シビル・ウォー―アメリカ最後の日』(2024年)を見てきた。19州が連邦を離脱して反政府軍としてワシントンを攻撃するのだが、離脱州の選択には、「ザ・シビル・ウォー」(南北戦争)にならない配慮がされている。ピンク色のサングラスをかけた米兵に銃を突きつけられた記者が、「我々は米国人です」というと、「おまえはどんな米国人なんだ」(What kind of American are you?)と兵士は問う。沈黙が流れ、仲間の記者たちがいう。「フロリダ」「ミズーリ」「コロラド」、そして…(ネタバレ厳禁!)。すさまじい戦闘シーンよりも、分断国家のリアルな現実を見せつけられて打ちのめされた。

   これから人事が始まる。8年前もトランプ人事には驚かされた。物議をかもし、話題性をとる。SNSを支配する大口献金者のイーロン・マスクを登用するのだろうか。途中からトランプ支持に転換したロバート・ケネディ・ジュニアのポストも気になる(反ワクチン論者なので厚生長官?)。

  いずれにしても、2025年は、米国が混乱と紛争の発信地になる可能性がある。世界中の差別主義・排外主義を勢いづかせ、気候変動・異常気象を促進するような政策(例えば、パリ協定からの再離脱)をとるだろう。米国に対して「忖度と迎合」を続ける日本は、トランプ政権による急ハンドル、急加速、急ブレーキの荒波をまともに受けることになろう。米国に対して「忖度と迎合」を続ける日本は、その荒波をまともに受けることになろう。石破茂政権はそれに耐えられるだろうか。

 


「トランプ詣で」―石破首相は安倍の真似をしてはならない

   この写真は、4月23日、麻生太郎自民党副総裁(当時)が、ニューヨークのトランプを訪ねたときのものである。「トランプ詣で」と評され、中国や北朝鮮などインド太平洋地域の問題などを議論し、揺るがない「日米同盟」の重要性を改めて共有したという。だが、その2週間ほど前には岸田文雄首相(当時)が米国を国賓級の待遇で訪問し、バイデン政権から「歓待」を受けていた(直言「「戦争可能な正常国家」」参照)。その約2週間後にバイデンの対抗馬と親しく会談するということは、「二股をかける」「保険をかける」と非難されても仕方なかろう。

   思えば、2016年11月、安倍晋三首相(当時)は、ペルーでのAPEC会議の経由地としてのニューヨークに立ち寄り、お土産の超高級ゴルフドライバーを持参して、トランプタワー58階まであがって会談している(直言「ふたつの「駆け付け警護」」参照)。どこの国の首脳よりもすばやい対応だった。当選直後の次期大統領と会談するのは、ワシントンにいる現職のオバマ大統領からすれば、日本のこの「駆けつけ」は不快だったろう。

  麻生の場合、保険をかけておくという狙いにしても、正面からここまで堂々とやると、現職への当てつけになる。与党のナンバー2が行けば、日本の首相の意志とは無関係ではありえない。4月の段階での「トランプ詣で」は、日本政府が「ほぼトラ」と考えているというメッセージになってしまったのではないか。

 報道によれば、石破茂首相は11月後半にも訪米し、トランプと早期に面会することを検討しているという(『毎日新聞』2024年11月7日付)。「個人的な信頼関係構築を図る考えだ」というが、バイデン大統領はまだ現職である。「安倍なるもの」に批判的な姿勢を貫いてきた石破が、ここで安倍晋三の真似をするのか。それでも「トランプ詣で」をするなら、トランプの第一声は、「シンゾーが一番嫌っていたイシバというのは、おまえか」となるかもしれない。まともな政権運営もできていないのに、不用意に獰猛な虎の懐に飛び込むことはあり得ない。「アジア版NATO」などと言い出せば、「ヤブヘビ」どころか、とんでもない負担を一方的に押しつけられかねない。 

 

参考:「トランプ2.0」に向き合うために――トランプ関係の「直言」リスト

冒頭2枚目の写真は、2016年11月にトランプが当選したときの号外と、その後に入手したトランプグッズである。2016年の直言「トランプ政権と新しい「壁」の時代」は当選直後のものである。直言「権力は人事である、トランプ政権の正体が見えてきた」や直言「「壁」思考の再来、ベルリンから全世界へ?」を読んで、来年1月の「就任初日の独裁」、すなわちメキシコ国境の壁について心の準備をしていただきたい。以下、参考までに、トランプ時代に書いた「直言」を並べておこう。「トランプ2.0」に対応するための「予習」に活用していただければ幸いである。

直言「トランプ新政権発足とメキシコ憲法100年」

直言「非立憲のツーショット」 

直言「「トランプゲート事件」と安倍政権」 

直言「トランプ・金・安倍の危ないチキンレース」 

直言「トランプ・アベ非立憲政権の「国難」」 

直言「歴史的退歩のトランプ政権1年」  

直言「「地球儀を俯瞰する外交」の終わり」 

直言「米朝首脳会談の先に見えるもの」 

直言「米朝「共同声明」をどう診るか」 

直言「安倍政権の「媚態外交」、その壮大なる負債(その2)」

直言「「日米同盟」という勘違い」

直言「わが歴史グッズの話(45)「自国ファースト」時代の指導者たち」

直言「トランプがワシントンを「天安門」に?」

直言「新しい「壁」の時代へ――「トランプのアメリカ」が残すもの」

直言「「権威主義的立憲主義」の諸相」 

直言「「トランプ時代」の歴史的負債――安倍晋三はトランプ敗北について何を語るのか」

直言「「不死身のトランプ」の帰還?」

【文中敬称略】
トップページへ