「国会の風景が変わった」とは
自公連立による少数与党内閣、第2次石破内閣が発足した。「戦後最短」の解散による総選挙の結果は、自公の大幅な議席減に終わった。その衝撃と後遺症が永田町を覆っている。
11月11日に召集された特別国会では、常任委員長の選出などで大きな変化が生まれた。「国会の風景が変わった」といわれるようになった。だが、実際はどうなのかと思っていたところ、11月15日に、病院からの帰り、車のなかで文化放送『長野智子アップデート』を聞いた。ノンフィクション作家・常井健一の話が興味深かった。特別国会最終日に傍聴をしたそうである(傍聴者はわずか6人!)。議場の景色はまったく変わったという。自民党が減って野党が増えた。新人議員が99人(全体の21%)。自民党の新人は15人で最前列だけ。立憲民主党の新人議員は39人で、最前列から5列目まで新人。横には自民党の小泉進次郎が。自民党の5、6期生の列まで立憲の新人議員が進出しているというのだ。若返った野党に、古い自民党。「立憲は女性議員が多いですね」と長野キャスターがはさむ。これを聞いた時、2018年11月の米国中間選挙のあと、民主党の女性議員がそろって白いスーツを着て登場した時のことを思い出した。日本も、「国会の風景が変わった」のは確かだろう。だが、議場の景色だけでなく、実際の変化はどうなのだろうか。まだ10日ほどしか経過していないが、この時点で見えてきた変化とその意味を考えてみよう。
なお、冒頭の2枚の写真は14年前に撮影したもので、解説は直言「国会議事堂を覆う―日本とドイツ」参照のこと。
常任委員長ポストの意味
11月7日に開かれた与野党の国対委員長会談で、17ある常任委員長のうち、8つの委員長ポストを野党にまわすことで合意した(衆議院役員等一覧参照)。特別委員会の委員長ポストは、7のうち4を野党に。立憲民主党は常任委員長5と特別委員長3、それに憲法審査会会長のポストを得た。法務委員長の西村智奈美と環境委員長の近藤昭一は、私も何度か講演に呼ばれた「立憲フォーラム」のメンバーである(近藤は代表)。沖縄・北方問題特別委員長の逢阪誠二は、北海道ニセコ町長から国会議員となり、「立憲フォーラム」副代表である。憲法審査会会長の枝野幸男は「立憲フォーラム」顧問である。そして予算委員長が立憲民主党前・国会対策委員長の安住淳。財務大臣、政府税調会長もやったベテランであり、これは「安倍一強」時代の終わりを象徴する人事といえるだろう。
予算委員会は、第1委員会室で行われる。私も15年前、ここで参考人質疑をやったことがある(直言「国会で海賊法案を批判する」。その時、座席からガラ携で撮った委員会室の風景がこれ)。予算委員長は、首相や閣僚が出席する予算審議だけでなく、内閣の方針全般や行政各部のさまざまな問題、閣僚の言動や資質など、国政の重要問題が起こるたびに、ここでの審議を仕切る。まさに国会の「花形」委員会である。NHKの国会中継の舞台となり、国民はテレビとラジオでここでの質疑の様子を知ることができる。予算委員会での国会中継は、国民の政治学習の場ともなっている。その委員会を仕切るポストを野党が得た意味は限りなく大きい。
はぐらかし答弁や「時間消化」、強行採決ができなくなる?
自民党政権が長く続き、予算委員長を自民党が占めてきたので、閣僚や官僚のいいかげんな答弁、はぐらかし答弁、ごまかし答弁が許されてきた。17年前、直言「国会「議事」堂はどこへ行ったのか」をアップして、「議事堂とは名ばかりで実は表決堂である」という尾崎行雄(咢堂)の言葉を引用した。1年ゼミの学生たちを国会見学に案内していた頃、直言「「国会表決堂」の風景」も出した。
採決(表決)までの時間かせぎのために、与党議員のなかには、時間をあまらせたために、残りの質問時間、般若心経を唱えていた議員がいた。この議員は安倍派で、裏金4000万円キックバックで、罰金100万円、公民権停止3年の略式命令を受け、議員辞職した(直言「政治家たちの「再犯」防止のために」)。私はこの「直言」で、「本来、途中で委員長が制止すべきところだろう。審議時間はわずか2日、計5時間33分で採決が強行された。国会における法案審議がいかに愚弄されたかを示す一例であろう」と書いた。法案審議で、野党欠席のまま審議時間を消化する「空回し」もこれからはできなくなる。当然、強行採決などの強引な手段はとれない。予算委員会の空気は、緊張感に満ちたものになるだろう(と期待したい)。
国政調査権の活性化を
「安倍一強」時代、私は、直言「「総理・総裁」の罪―モリ・カケ・ヤマ・アサ・サクラ・コロナ・クロケン・アンリ…」などを出して、問題点を指摘し続けた。予算委員会などで野党も奮闘したが、「一強」時代の予算委員会では隔靴掻痒の感が強かった。
例えば、「モリ」こと森友学園問題。森友学園への国有地売却にからむ財務省の公文書改ざん事件は、赤木俊夫さんという真面目で誠実な公務員の死という重大な結果を伴っている。予算委員会での質疑でもなかなか問題は明らかにならなかったが、「予備的調査」という方法が試みられた。だが、自民党が多数を占めるため、十分な解明には至らなかった(直言「公文書改ざん事件と「赤木ファイル」―衆議院「予備的調査」」)。今後は、野党の委員長が積極的な姿勢を示せば、この種の事例で解明が進むだろう。
「カケ」こと加計学園獣医学部問題では、公正であるべき大学・学部の設置認可手続が無残に歪められた(直言「「ゆがめられた行政」の現場へ―獣医学部新設の「魔法」」参照)。私自身、「カケ」の現場を二度訪れ、情報公開手続などで問題追及を続ける地元住民の運動についても紹介したが、この問題でも、予算委員会などで度重なる追及が行われたが、最終的な問題の解明には至らなかった。
「ヤマ」こと山口敬之事件はあまり知られていないが、安倍晋三の親密圏のジャーナリストのレイプ事件を警察幹部がもみ消した事件である。もみ消しにかかわった当時の警視庁刑事部長は、安倍政権下で出世街道を驀進し、警察庁長官にまで登りつめたが、その在職中に「7.8事件」が起きて辞任した。因果応報とはこのことである。
「アサ」は、元「ファーストレディ」の無邪気な暴走ではすまないケースで、大麻疑惑はほとんど解明されていない。
「サクラ」こと「桜を見る会」事件。首相主催の公的行事「桜を見る会」の私物化や、その前夜祭をめぐる公選法違反(買収)や政治資金規正法違反の疑いなどは、秘書などの刑事責任が追及されたが、首相にまで及ばなかった。予算委員会での度重なる質疑でも、首相のはぐらかし答弁が続き、虚しさだけが残った。首相夫人の推薦で、反社会的勢力に近い半グレ系の人物まで参加していたが、予算委員会で野党に追及されると、安倍内閣は驚くべきことに、「反社会的勢力」について定義することは困難であるとする答弁書を閣議決定して、元首相夫人を守った。詳しくは、直言「安倍政権の滅びへの綻び」参照。
「コロナ」こと、コロナ禍における安倍政権の対応の問題について、ここでは「アベノマスク」についてだけ指摘しておく。
「クロケン」こと、黒川弘務・東京高検検事長の定年延長問題(安倍に親和的な検事総長を誕生させるための裏技)では相当な無理をして、多方面から反発をかった(直言「検察庁法改正をめぐる政権の恣意」参照)。
「アンリ」こと、参院選広島選挙区買収事件。これは安倍晋三が嫌った溝手顕正元・国家公安委員長を落選させるための強引な複数立候補(河井案里)のため莫大な「闇金」が使われたもので、最終的に候補者とその夫の元・法務大臣が逮捕・起訴・有罪となった。
これらのケースで、国会では、野党が事案解明のため証人喚問を求めたが、与党は一貫して拒否してきた。憲法62条の国政調査権については、補助権能説が通説だが、しかし、実際、きちんと運用すれば、さまざまな問題の解明が進むだろう。証人喚問(偽証は処罰される)について、与党は自分たちに不利になりそうなら拒否してきたが、野党の予算委員長になって、今後は証人喚問の可能性も出てくるだろう。
安保関連法の違憲部分や「爆買い兵器」の見直し
集団的自衛権行使の合憲解釈をやった「7.1閣議決定」に基づく安全保障関連法について、私は法案成立の直後に、直言「安保関連法「廃止法案」を直ちに国会に」をアップした。少数与党となって、「安倍一強」時代に強引に成立させた法律について厳密な議論を行い、少なくとも法律のなかの違憲と見られている部分(「存立危機事態」とその関連箇所など)について徹底した見直しをすべきであろう(そのための参考文献として、拙著『ライブ講義徹底分析!集団的自衛権』(岩波書店、2015年)参照)。いま、何となく賛成という雰囲気が強いが、トランプ政権が発足する前に、立憲民主党など野党は、厳密な検討をして、「荒波」に備えておく必要があろう。
さらに、予算委員長を野党が獲得した以上、岸田文雄内閣までのどんぶり勘定で決めた「防衛費」の中身の徹底した見直しをすべきだろう。とりわけ集団的自衛権行使を前提とした装備や、「敵基地攻撃能力」関係の装備については、発注停止もありうる。長期にわたるランニングコストを考えれば、違約金など安いものである。23億5000万ドルもする悪質な「無用の長物」(トマホーク・ミサイル400発)は直ちに中止すべきだろう(直言「「陳腐化」した兵器をウクライナに?―多連装ロケットシステム(MLRS)」参照)。石破首相自身がトマホーク400発の導入に疑問を示していた以上(石破茂『保守政治家―わが政策、わが天命』(講談社、2024年)211頁)、少なくとも、予算委員会の場で議論することはできるはずである。なお、水島朝穂「「軍事オタ
ク」首相の思考法を読み解く―石破茂の本当の「危うさ」とは」『世界』2024年12月号参照)。
いま、自民党は少数与党政権である。結党以来、一度も体験したことのない事態である。何が起きるかわからない。一方、都知事選の「石丸現象」は、衆院選では国民民主党の「手取りを増やす」「103万円」につながった(別に述べるが、先週の兵庫県知事選挙も同じ流れを感じる。なお、水島朝穂「新聞への直言」2024年11月24日付参照)。いま、補正予算を通すため、政府・少数与党は、国民民主党28議席ほしさに、「103万円の壁」に乗るポーズをとっている。そもそも、この議論は、財政や税制を議論する際の根本問題を矮小化する議論である。連日、メディアが「103万円の壁」を報道するが、その賞味期限は短いだろう。内閣不信任案が可決されるかもしれないという恐怖を常に頭のどこかに入れて政権運営をしなければならない。こんな初体験を、いま石破首相はしているわけである。
『信濃毎日新聞』11月18日付社説「衆院の委員会「熟議の国会」の再構築を」は、これまで内閣提出法案や予算案などは与党の事前審査でやってきたが、与党が過半数を失い、事前審査を通っても法案が成立しないこともありうるとして、国会審議をないがしろにする密室の事前審査は廃止すべきだと書いている。同感である。自民党の部会から政務調査会へという流れですべてが決まる時代は終わった。これからは、予算委員会を軸に、しっかりした審議をして、さまざまな施策を決めていく。ようやく普通の民主主義国の足元の一角くらいには近づきつつあるのかもしれない。もちろん、国民民主党の「転進」はかなりの確度で予想できるので楽観はできないが。
【文中敬称略】