歴史逆走はどこまで進むか
毎日のようにトランプ政権の極端な政策転換を見せつけられている。就任初日の大統領令の乱発は、これを劇的に象徴している。ただ、本音の突出の激しさと勢いに、抵抗する気力も削がれているというのが実情だろう。例えば、「性別は男女のみ」とする大統領令については激しい批判が巻き起こっているが、まだ広がりを欠いている。ともあれ、年齢の問題、政策的行き詰まり、突然の最悪の終わり方を含めて、トランプ政権は4年はもたないと私は見ている。少なくとも2026年11月の中間選挙までの1年10カ月の間、トランプ政権は「アクセル全開で80年代に逆戻りしようとしている」(「水島朝穂の新聞への直言」『東京新聞』1月26日付参照)。このトランプの強引な手法はやがて、政権内の不協和音を生み出し、停滞や失速も予測される。その最初の導火線はイーロン・マスクになるだろう。
「ドイツを再び偉大に」(MGGA)――マスクがAfD集会に参加
1月20日の大統領就任式のあと、ワシントンD.C.のキャピトル・ワン・アリーナでトランプを迎えた大集会が開かれた。そこにマスクが喜び勇んで登場し、大声を出しながら、右腕をしっかり伸ばして、冒頭の写真にあるようなローマ式敬礼(Saluto Romano)、ドイツでは禁止されているヒトラー敬礼を行ったのである。批判を受けるや、マスクはすぐにXで、他の政治家も同様のポーズをとっているぞ、と居直る投稿を行った。
マスクの演説の後、AfD首相候補のアリス・ヴァイデルは支持者に向かって、“Make Germany Great Again”(ドイツを再び偉大にしよう)と呼びかけた。MGGAはトランプのMAGA(“Make America Great Again”)を真似たものである。ヴァイデルは上機嫌で、強硬な反移民政策を実現し、ウクライナへの軍事的・財政的援助を打ち切れと演説した。昨年12月の段階でマスクはAfDを、「ドイツを救うことのできる唯一の政党」と呼んで、その反移民の姿勢を称賛する一方で、オラフ・ショルツ首相を「無能な愚か者 」、フランク=ヴァルター・シュタインマイヤー大統領を「反民主主義の暴君」と呼んでいた。マスクはヴァイデルとオンライン(X-Space)で対談して、税制や教育、さらにはヒトラーの評価についてまで語り合っている(ZDF1月10日のファクトチェック参照)。
トランプ政権の有力閣僚の一人が、ドイツの総選挙中に特定政党に肩入れするというのは明らかに選挙介入である。トランプ政権誕生の勢いは、ドイツの政界にも大きなインパクトを与えている(以上、『南ドイツ新聞』1月25日など参照)。
移民政策厳格化の動議――CDU/CSUにAfDが賛成 !
昨日、1月29日は「民主主義の暗黒日」(カタリーナ・ドレーゲ「緑の党」議員団長)と呼ばれた。ドイツ連邦議会で、移民政策の厳格化を求めるCDU・CSUの動議にAfDが賛成して採択されたからである。CDU/CSU187、AfD75、FDP80、無所属6の計348人の議員が賛成票を投じた。反対は、与党の社会民主党(SPD)と緑の党など345人で、僅差の可決である(以下、連邦議会ホームページ)。マグデブルク(クリスマスマーケットへの車乱入)とアシャッフェンブルク(アフガン人が幼児と男性を殺害)の襲撃事件を受けて、移民政策を大幅に強化する世論が急速に高まっている。CDU/CSUの動議は「安全な国境と不法移民をなくすための5つのポイント」からなる(『南ドイツ新聞』1月26日)。
② すべての不法入国を例外なく拒否すること。有効な入国書類を持たず、欧州の移動の自由が適用されない人々に対しては、事実上の入国禁止措置がとられる。彼らは一貫して国境で追い返される。これは、庇護の要請の有無にかかわらず適用される。 彼らはすでに近隣のヨーロッパ諸国で迫害から守られているのだから、ドイツに入国する必要はない。
③ 出国を余儀なくされた者は、直ちに身柄を拘束しなければならない。この目的のため、各州の収容施設の数を大幅に増やさなければならない。連邦政府は州を支援し、空きバラックやコンテナビルを含め、利用可能なすべての物件を可能な限り速やかに利用できるようにする。 強制送還の数を大幅に増やし、毎日行わなければならない。
④ 州による出国義務執行へのさらなる支援。連邦政府は、州による出国義務執行、たとえば旅券の調達や帰還の実施などを引き続き支援する。連邦出国センターを創設し、帰還を促進する。連邦警察に、強制送還前の身柄拘束のための逮捕状を直接申請する権限を与える。
⑤ 犯罪者および危険人物の制限強化。国外退去を求められる犯罪者および危険人物は、自発的に帰国するか、国外退去が実行されるまで、無期限に収容施設に留め置かれる。収容施設から出身国への自主的な出国はいつでも可能である。しかし、ドイツに戻ることはもはや不可能である。
この5つの点は、極右のAfDが賛成できる、これまでのドイツの移民・難民政策とはかなり距離のある強硬策といえる。メルケル政権は2015年に難民受入れに舵をきったが、メルケルに一貫して批判的だったのが、同じCDUの現党首フリードリヒ・メルツである。一度は政界から身を引いたが、メルケル引退で、党首を狙って復活した人物である。メルケル時代で終わった政治家というのが私の評価である。1月29日、SPDはメルツについて「歴史的な誤り」をおかしたと批判し、「議会での協力関係の地殻変動」「政治情勢の大転換」につながると危惧している。まさにメルツは極右のAfDとの協力という「タブー」を破った(時事1月30日)。CDU/CSUは、「アシャッフェンブルクでの凶悪な殺人事件」は、マンハイムやゾーリンゲンでのテロ事件、マグデブルクでのクリスマス市襲撃事件と並ぶものと捉え、現在の難民・移民政策は、市民の安全と国家に対する社会の信頼を危うくしている。「信号機連立政権」の政策は、移民に対する統制を取り戻し、維持することに失敗しているとして動議を提出した。野党案が可決されるためにAfDの票を使ったというよりも、むしろ、「CDU/CSUのAfD化」という印象を強める結果になった。実際、AfDは投票結果を心から喜び、「これは民主主義にとって素晴らしい日だ」と、ヴァイデルは連邦議会のロビーで歓声を上げたという(上の写真は動議通過を喜ぶAfD議員)。ヴァイデルの解釈によれば、「我々は黒と青の同盟、すなわちCDU/CSU、AfDの連立政権への道を歩んでいる」というわけである(『南ドイツ新聞』1月29日)。奇しくも本日、1月30日は、1933年、ナチス(NSDAP)がドイツ国家人民党(DNVP)との連立政権で権力掌握をした日であった(ちなみに、DNVPは「ドイツ国民民族党」と訳した方がベターか)。
世界的な「トランプ効果」の危うさ――「1月30日」思う
「史上最大の強制送還」をやると選挙中からほえていたトランプ。メルケルのドイツが2015年以来難民受入れに前向きだったことを思えば、隔世の感がある。かつてのライバル、メルツによる国境管理強化、入国拒否、国外追放という強力な施策によって、まさにAfDとの距離が縮まった。メルツはAfDを連立相手として今は否定しているが、連携のメリットが増えてくればわからない。「トランプ効果」の一つである。
2年前の1月30日に直言「憲法の手続を使って憲法を壊す――ヒトラー権力掌握から90年」をアップしたが、今日、改めて読んでみていろいろと「発見」があった。この機会に、リンクまでお読みいただければ幸いである。
《追記》
『憲法ブログ』(Verfassungsblog)には若手の憲法・国際法の研究者が寄稿する。1月30日、ブログの創設者兼編集長のマクシミリアン・シュタインバイスが「歴史的な週の終わりに」という一文を寄稿した(英語版はここから)。連邦議会で次期政権の首相と目されているメルツがAfDの票を得て、ドイツの移民・難民政策を大きく転換する決議を可決させたことを憂えるものだ。そのなかで、「憲法や国際法の専門家として私たちが慣れ親しんできた規範的な区別は、あまりにも無力に思える。保守派の人々でさえ、自分たちが要求していることが違法かどうかに関心を持たなくなっているとしたら、一体誰が関心を持つというのだろうか?」と慨嘆しつつ、メルツに対して、トランプのような、ルールも配慮も知らず、自分の好きなように行動する「権威主義的いじめっ子」(autoritärer Bully)になってはならないと諫めている。トランプ政権の発足で、欧州各国で、移民・難民への強硬な政策が幅を利かせていくだろう。直言「「市民感覚の大規模デモ」――極右の「再移民」計画に抗して」でも書いたように、極右AfDの「再移民計画」も存在しており、危うい状況にあることは間違いない。だが、30日、アンゲラ・メルケル前首相はメルツ現党首を厳しく批判した。それが影響したかは不明だが、1月31日の連邦議会で、メルツがAfDの支持を得て通過させようとした移民法案は否決された(賛成338、反対349)。CDU・CSUから反対2、棄権5、欠席12、自民党(FDP)から16人が欠席した。総選挙まで3週間あまりという時点で、次期首相候補のメルツは失速した。「トランプ2.0」の影響を最初に受ける先進国の国政選挙となる。この直言でも、2月26日これについて書く予定である。(2024年2月1日追記)