トランプへの「朝貢」――日米首脳会談という茶番
2025年2月14日


握手の罠――トランプの手法

も今も、「首脳会談」で注目されるのは握手である。トランプという人物の場合、手の握り方にも「ディール」(取り引き)があるようだ。2017年3月、訪米したアンゲラ・メルケル独首相(当時)が記者団に握手を促され、トランプの方を向いたのに、トランプはこれを無視した(動画参照)。これに対して、2017年2月、安倍晋三首相(当時)が訪米した際には、異様に長く、強く握手を続け、手元にぐいぐいと引くようなしぐさまでした。やっと握手が終わったとき、安倍がやれやれという顔をしたのを、ドイツの保守系紙電子版は8年間もその間抜けな顔を固定して出し続けている(冒頭の写真がそれ。動画はここから)。この時のことは、直言「「トランプゲート事件」と安倍政権―終わりの始まり?」に書いてある(その後の展開は、直言「安倍政権の「媚態外交」、その壮大なる負債(その2)——迎合と忖度の誤算」参照)。

 

トランプは石破首相をどう扱ったか

 冒頭の写真は、2月8日(日本時間)の日米首脳会談を扱った『南ドイツ新聞』2月10日付記事の切り抜きである。「要望する代わりに申し出る」という見出しで、「石破はワシントンで、トランプを喜ばせたい人が必ず守るべきガイドラインに従った。 協力の利点を強調する。気候保護や移民といった問題を口にしない…」とある。トランプは日本と関係ないことをまくしたて、それを「石破は静かに、固まって傍観していた」と。最後に記者が、「日本製品への関税を引き上げた場合、日本は報復措置をとるのか」と質問したところ、石破は「仮定のご質問にはお答えできません」と返し、会場は笑いに包まれ、トランプは大喜びだった。「彼は自分が何をしているのかわかっている!」と。この記事を読めば、ドイツの読者は、日本の首相がトランプにいいようにあしらわれているという印象を持つだろう。

 ところが、日本のメディアの報じ方は異なっていた。新聞の第一報は「石破首相、トランプ氏を持ち上げ」(『朝日新聞』2月8日付夕刊)、「トランプ氏に示してみせた「共感」」(『毎日新聞』同)などで、翌9日付朝刊は「石破外交「共感」作戦で始動」(『毎日』)、「「米に貢献」まずは圧力回避」(『朝日』時時刻刻)などの見出しで、まずは成功というトーンである。日本側の手法を、「トランプ氏の言動に「共感」を表し、懐に飛び込むことを狙ったとみられる。「米国を再び偉大に」「ピース」「シンゾー」などトランプ氏の心をくすぐるキーワードもちりばめており、入念な準備がうかがえた」などと評価している(毎日ワシントン特派員)。『朝日』9日付も、「持ち上げ連発 日本「総力」」「首相、MAGAを称賛「思いやり」」「地位協定封印 安倍氏の通訳起用」「対米投資1兆ドル「細かい話より大風呂敷を」」と、外務省など日本側役人たちが石破に行ったレクをむしろ評価している。

 これらの記事を読んでいて、メディアもトランプに過剰に気をつかい、「なますを吹く」ような記述をしており、不愉快になった。かろうじて、『東京新聞』「こちら特報部」の記者が、『南ドイツ新聞』も言及した記者会見終盤における石破の一言(「「仮定のご質問にはお答えしかねる」というのが日本の定番の国会答弁でございます」)を批判的に扱っていたのが救いだった。なぜトランプにこの発言が「大ウケ」だったのか。識者のコメントを使い、報復関税など「言えっこない日本」への皮肉だったと記者は読み解いている。外国の首脳に対して、ここまで無礼な態度をとり、傲慢な言動をする大統領は今だかつていなかった。

  前述のメルケルの握手無視に関連して、カティ・マートン『メルケル―世界一の宰相』(文藝春秋社、2021年)によれば、補佐官たちはメルケルに対して、トランプの集中力は極めて短い、詳細は飛ばし、背景説明も飛ばし、事実だけを伝えよ、ただし事実が多すぎてもダメ、と石破にするようなアドバイスしていた(326頁)。メルケルはそれでもトランプに無視され、メディアがいないところではもっとひどい言葉を浴びせられている。メルケルに仕掛けられた「侮辱外交」の数々には驚くほかはない(335頁)。しかし、メルケルはトランプにたじろぐことはなく、毅然と対応した(直言「メルケルと安倍はどこが違うか―真の「危機における指導者」とは」参照のこと)。
  他方、独裁者同士は、パワーの均衡が生まれて、自然に親しげな対話になる。トランプとプーチンの電話会談も、世界が驚くほど早く、2月12日に行われた。そこでの内容を説明するかのように、ピート・ヘグセス国防長官は、ウクライナのNATO加盟と2014年段階の領土回復を否定する発言をしている。これはプーチンも納得のラインである。アンドリュー・コリブコ(モスクワ在住のアメリカ人政治アナリスト)は、「2025年2月12日は、ウクライナにおけるNATOとロシアの代理戦争が公式に終結し始めた日として歴史に刻まれるだろう」と評している(2月13日のブログ参照)。
   この勢いで、北朝鮮の金正恩との米朝首脳会談も、「12.3非常戒厳」で機能不全になっている韓国の頭越しに再開されるかもしれない。「一緒にハンバーガーを食べながら話そう」という約束を今度こそ果たすために。

 思えば、プーチンもまた、自分の好まない相手は徹底的にいじめる傾きにある。例えば、2022年2月14日、ウクライナ侵攻の10日前にフランスのマクロン仏大統領がプーチンと会談した時は、この写真にあるような机の配置をとった。翌15日のショルツ独首相との会談の際にも、いじわるをした。信じられない長い机の端っこに座らせ、明らかに「聞く耳持たぬ」のパフォーマンスである(直言「ウクライナをめぐる「瀬戸際・寸止め」手法の危うさ―悲劇のスパイラル」)。「侮辱外交」もまた、プーチンのお手の物である。これに対して、安倍晋三は御しやすいとみて、27回もの首脳会談に応じて、徹頭徹尾利用し尽くしている(直言「「外交の安倍」は「国難」―プーチンとトランプの玩具」参照)。トランプもプーチンも、ともに絶対君主のようなメンタリティをもっている。そのことをしっかり踏まえるべきだろう。

 

トランプ政権は「新しいファシズム」

 1月20日の大統領就任式からすべてが変わった。第1次政権の発足した日も1月20日だった。そして、3つ目の「1月20日」との怪しげな歴史的連携については別稿を執筆したので、2月21日発売の『週刊金曜日』を参照されたい(次号予告はここから)。

「アメリカの民主主義は、非常に短い時間のうちに、認識できないほど切り刻まれようとしている。 憲法の秩序と機構は、この国の民主主義的性格が本当に危険にさらされるほどのペースで攻撃され、解体されている。」(『南ドイツ新聞』2月6日付評論)。「それはまるで新しい時代の到来であり、あらゆる規範の基盤が地殻変動的に変化し、法律やその価値観について私たちが知っていることが時代遅れで時代錯誤的なもののように感じられるかのようである。…権威主義的な論理が必然性と例外を正当化し、これらの制度が停止される緊急事態が恒久化し、新たな紛争、新たな敵、新たな暴力が絶えない状況になって初めて、そうではなくなるだろう」「ルールも配慮も知らない、ただ自分の好きなように行動する「権威主義的ないじめっ子」(autoritärer Bully)」の登場である(『憲法ブログ』1月31日参照)。

   この『憲法ブログ』で、哲学者で数学者のライナー・ミュールホフは「トランプと新たなファシズム-行政機関に手を伸ばすことがなぜ危険なのか」を論じている。トランプ政権を「アメリカの行政機構の技術・運営レベルの乗っ取り」と特徴づけ、次のようにいう。

 「…このプロセスにおいて、ビッグ・テック業界のプレーヤーたちは、自分たちを新しい技術的な政府インフラストラクチャーの利潤追求者であり、運営者であると位置づけている。この展開は、トランプの政治プロジェクトにおける新たな質的飛躍を意味する。 これはファシズムと呼ぶにふさわしい。 この新しいファシズムは、多くの点で歴史的な役割モデルとまったく同じようには見えないが、それでもファシズムなのだ。 その特徴は、データ分析とAI技術の特異な可能性を利用して、法の支配を排除し、自動化と先取りを基本とする無駄のない組織に置き換えることだ。…政治的手段ではなく、奇襲、脅迫、ハッキング戦術を織り交ぜて行政機構を乗っ取るという任務を自らに課しているようだ。 米連邦政府の中央人事局である人事管理局(OPM)がそのスタートを切った。 マスクはコンピューターシステムと多数の機密データにアクセスし、このシステムから職員の一部を排除し、戦略的なポジションに腹心の部下を配置した。 またマスクは個人的に連邦政府のIT管理者全員のリストを作成し、おそらく、さまざまな機関の220万人の連邦政府職員に、大幅な人員削減、忠誠心の基準や業績評価の厳格化を発表し、同意しない者には退職金付きの即時解雇を提案するメールを素早く送ることができるようにした。…」と。

  まだまだ紹介したいが、今回の結論を一言でいう。日本は米国と距離をとれ、これに尽きる。トランプ政権は新しいファシズムのような危険な政権であることを自覚すべきである。トランプとの「黄金時代」などと浮かれていれば、世界から完全に浮く。トランプ政権に過度に媚びることなく、メルケルのように嫌われてもいいので、いうべきことをきちんということである。結論は急ぐ必要はない。むしろ、石破の特質である理屈っぽさで説く姿勢は、トランプには嫌われるが、世界からみれば尊敬されるだろう。

    日米首脳会談の際に石破の通訳をしたのが、トランプから「リトルプライムミニスター(小さな首相)」と絶賛された高野直である。安倍晋三の通訳もやって、安倍をトランプの懐深く送り込んだ「実績」がある。だが、高野の肩書が「日米地位協定室長」であることを知って情けなくなった。彼が地位協定問題の実務をやっている限り、石破は地位協定改定には取り組まないだろう。

   そして、ここへきてオチがついたように思う。あれだけ石破がトランプのご機嫌をとって、日本が関税の対象から外れると期待していたようだが、2月13日、トランプは輸入する鉄鋼とアルミニウムに例外なく25%の追加関税を課すことを決定し、「相互関税」を導入する文書にも署名した。非関税障壁がある日本も対象になる。もう腹を決めたらどうか。

 出る杭は打たれるが、出ない杭も打たれるならば、思い切って「ノー」ということも必要だろう。大隈重信もいうように、「英雄とは、否(ノー)と言うことの出来る人である」(直言「「ノー」と言うことの意味」)。石破が石橋湛山を尊敬するならば、なおのことである。1938年のヒトラーへの宥和政策が誤りだったのと同様に、トランプへの忖度と迎合をやめて、毅然とした態度をとることが求められる。

【文中敬称略】

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