ドイツ総選挙の結果を診る――トランプの「選挙介入」はあったが
2025年2月27日





投票率82.5%のドイツ総選挙

ブルーウェーブ(青い波)がドイツを覆った。昨年11月5日の米国とは逆の色合いである。政府の「信任決議案の否決」によって2月23日に行われたドイツ連邦議会選挙。この30年で最も高い投票率82.5%(日本は53.8%!)によってもたらされた結果は、最大野党のキリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU)が28.5%(+4.3%)で208議席、極右政党の「ドイツのための選択肢」(AfD)が20.8%(+10.3%)で152議席というものだった。オラフ・ショルツ首相の政権与党の社会民主党(SPD)は、16.4%(-9.2%)で120議席。戦後一度も20%を下回ることのなかったこの党としては最低の得票率だった。同じく「緑の党」(Grüne)は11.6%(-3.0%)で85議席。世論調査では「5%阻止条項」で議席を失うと見られていた左派党(Die Linke)が8.8%(+3・8%)で64議席と躍進した。他方、政権与党だった自民党(FDP)は4.3%(-7.1%)で、5%条項により議席を失った。左派党から分かれてEU議会選挙や東部の州議会選挙で目ざましい躍進を遂げた「ザーラ・ヴァーゲンクネヒト同盟」(BSW)は4.79%と、わずか13435票(0.21%)足らなくて議席獲得に至らなかった。もし5.00%だったら35議席は獲得していただろう。なお、シュレスヴィヒ=ホルシュタイン州の デンマーク系住民の政党(SSW)は、5%条項の適用除外の特別扱いで1議席を獲得した。「海賊党」は0.4%だった。(下記の得票率の図はZDF2月25日)


極右AfDが東の5州で圧勝+西のサッカー拠点でも勝利

  この選挙の最大の勝利者は、トランプ政権が露骨に支援した極右政党AfDだろう。直言「トランプ政権の歴史逆走―ドイツ総選挙への介入?」でも書いたように、選挙直前のAfD選挙集会にイーロン・マスクが飛び入りで参加して激励するとともに、ミュンヘン安保会議に参加したJ.D.ヴァンス副大統領がAfDのアリス・ヴァイデル党首と会談して、米国が期待するドイツの政権はこれだとばかり、有権者にアピールした。明らかな選挙介入だった。トランプ政権の期待通り、AfDは東部の5つの州(かつての「ドイツ民主共和国」)で圧勝した。冒頭の地図2枚はそれをあらわしたものである(『南ドイツ新聞』2月24日)。上が第2投票(比例)、下が第1投票(小選挙区)である。299ある選挙区(Wahlkreis)をクリックすれば、得票分布がわかる。3枚目の地図は2021年9月の総選挙時のもの(同)。ブルーは東部のチューリンゲン州とザクセン州、ザクセン=アンハルト州の一部にとどまっていた。ブランデンブルク州はSPDが圧倒的に強い。しかし、今回はチューリンゲン州の州都エアフルトと、ザクセン州の古都ライプツィヒの2選挙区を左派党が獲得した以外は、もともとSPDが強いブランデンブルク州を含め、AfDが席巻した。

  チューリンゲン州では38.6%、ザクセン州では37.3%を獲得した。チェコ国境に接する第157選挙区(ザクセン・シュヴァイツ・オスターゲビルゲ)では、AfDの候補者が49.1%を獲得した。これが選挙区での最高得票である。9年前にドレスデンを訪れたとき、「ペギーダ」(PEGIDA:欧州イスラム化に反対する愛国的ヨーロッパ人)の集会を取材したことがある。参加者はこの周辺地域から中高年の男性が多かった。  

AfDは東部だけではない。西ドイツでも2カ所だけブルーになっているところがある。一つは、バーデン=ヴュルテンベルク州のカイザースラウテルン選挙区で、SPDの39歳のイケメン現職が当選して赤くなっているが、第2投票(比例)ではAfDが28.9%で第一党となっている。もう一つ、小さくて見にくいがケルンの少し上にブルーの選挙区がある。ノルトライン=ヴェストファーレン州のゲルゼンキルヒェンで、選挙区ではSPDの候補者が当選して赤くなっているが、比例ではAfDが24.7%で第一党になっている。

なぜ、この2つだけAfDが第一党になったのか。実はカイザースラウテルンは、サッカーのブンデスリーガで優勝したこともある「FCカイザースラウテルン」の本拠地なのである。偶然だとは思うが、後者のゲルゼンキルヒェン選挙区も、ブンデスリーガに所属する「FCシャルケ04」 がホームスタジアムをもつ。ともに熱烈なサッカーファンの若者層がAfDに多く投票したのではないかと推察される。


「ブルーウェーブ」に抗して―「防火壁」は健在?

  東部地区でAfDが席巻したチューリンゲン州では、州都エアフルト・ヴァイマルの第192選挙区、ザクセン州では古都ライプツィヒの第152選挙区で左派党が議席を獲得している。東部の5州ではこの2つが「飛び地」になっている。

  ベルリンは「ブルーウェーブ」のなかで、さらなる「飛び地」になっている。左派党が19.9%で第1党。AfDは15.2%と他の州の半分しかとれなかった。12ある選挙区(第74から第85)のうち、左派党が4選挙区をとり、CDU/CSUが3、緑の党が3、SPDが1で、AfDは1議席しかとれなかった。

  しかも、ベルリンでは、西ドイツ時代から移民が多く住むクロイツベルク選挙区で左派党のクルド出自の候補者が31.7%も得票して当選している。ノイケルンという純粋に旧西ベルリンの選挙区でも左派党の候補者が当選しているのが注目される。ここを含めてベルリンの小選挙区4つを左派党がおさえている。冒頭の写真を見ても、東のブルーウェーブのなかにわずかな「紫」(左派党)が見える。299の小選挙区のうちの6選挙で左派党が議席を得たのはかつてないことである。

  1月29日にCDU/CSUがAfDの賛成を得て、移民・難民規制の厳格化決議を議会で可決した直後から、ドイツ各地で大規模なデモが行われた。極右とは絶対に組まないという鉄則(防火壁(ファイアーウォール)をぐらつかせたことへの危機感である。「我々が防火壁だ」というスローガンが押し出された(拙稿「甦るナチスの思想と行動に危機感」『週刊金曜日』2月21号14-18頁参照)。総選挙に向けて、野党第一党のCDU/CSU本部に向けてデモをするというものだった。その結果は選挙にどう反映したか。私は、SPDと緑の党の減り方が微妙に少なくなり、逆にCDU・CSUが30%を超えるとみられたメディアの予測を1.5%以上下回った点に注目する。詳しく診てみよう。


若い世代の4分の1が「左」に入れた

  『フランクフルター・ルントシャウ』紙の 2月4日の世論調査 では、CDU/CSUが30.0%、AfDが22.0%と高く予想されていたのに対して、SPDは15.5%で、左派党は4.5%と5%に達しないと予測されていた。だが、実際にはCDU/CSUは1.5%、AfDは1.2%少なかった。SPDは予想よりも0.9%持ち直し、左派党は予想の2倍の得票を得た。

   私は、投票日前に行われた、CDU・CSUとAfDとの連携を危惧する大規模デモの影響は、実際の投票で、CDU/CSUへの投票を迷い他党に入れるか、あるいは左派党への投票という形につながったのではないかと見ている。左派党は、旧東の政権党(社会主義統一党(SED))の後継政党である民主社会主義党(PDS)と、西の新自由主義に反対する新左派勢力のWASGが2007年に合体して発足した党である。2023年には最高幹部の一人、ザーラ・ヴァーゲンクネヒトらが離党して新党BSWを設立するなど、直近の東の州議会選挙でも得票を落としていた(連邦議会選挙の消長はここから)。西ドイツ地域で左派党は人気がないなかで、『ターゲスシュピーゲル』紙の立体的な選挙分析 で下の方にスクロールすると、左派党が全国的に得票を増やしていることがわかる。これはかつてないことである。年齢が上の世代では、旧東の政権党のイメージが強く、およそ支持の対象にはならない。しかし、今回の選挙では、18歳から29歳の若い世代では24%、4分の1近くが左派党に投票しているのである(このグラフ参照)。これは驚きだった。別の調査(『南ドイツ新聞』2月27日)では、同じ年代の女性の左派党支持は35.0%で、AfD支持は15.0%にとどまる(同世代の男性は左派党16%、AfD27%)。正確にいえば、若い女性たちのバランス感覚というところだろう。

左派党は党規約から「民主集中制」を放棄して、党員相互の議論や交流を自由化し、党内グループの形成の自由まで認めている(党則7条)。男女2人の共同党首制をとり、長期にわたり同一人物がトップを務める旧政権党時代の悪弊を免れている。SNSの影響で若い世代はAfDに行くと思っていたが、4分の1はそれに反対する左派党に投票している。CDU/CSUがAfDと組むような事態は決して許さないという「防火壁」を活かすバランス感覚といえよう。82.5%という高い投票率は、AfDの躍進は生み出したが、権力を暴走させない抑制の力学も確実に働いていると見ることもできよう。斜め上の記事は『南ドイツ新聞』2月20日付だが、見出しは「苦渋の選択」。支持政党なしの人々の気持ちをあれこれ書いている。ちなみに、ドイツの投票スペース(Wahllokal)は高い仕切りとカーテンで投票の秘密が守られるよう配慮がなされている(日本の投票所は世界最低である!直言「「投票の秘密」は守られているか」参照)。

  なお、前回選挙との違いとして、「超過議席」や比例配分の微調整の仕組みが廃止されたことの影響は、細かく検討する必要がある。定員通りの630議席が確定したが、そのため、前回選挙までなら議席を得られた選挙区当選者(バイエルンのキリスト教社会同盟(CSU)の候補者)が議席を得られなかったことや、0.21%の違いで、35議席が0議席になるという「5%阻止条項」の問題性もある(直言「選挙法は憲法違反―ドイツ連邦憲法裁判所判決」参照)。

「連立方程式」はどうなるか

  選挙が終わったばかりなので、まだ政権協議が始まる気配はない。CDUのフリードリヒ・メルツ党首自身、4月の政権発足といっているから、3月いっぱい政策のすり合わせなど、政権協議が続くだろう。連邦議会の過半数は316議席なので、「連立方程式」は3つしかない。①「大連立」CDU/CSU(黒)+SPD(赤)=328、②CDU/CSU+SPD+Die Grünen(緑)=415、③CDU/CSU+AfD(青)=360である。③はメルツ党首も否定している以上、当面これはない。②はケニアの国旗(黒・赤・緑)に似ているので「ケニア連立」 というが、CDU/CSU内部に「緑」嫌いがいるので(特にCSUのゼーダー党首)、すぐには決まらないだろう。となると、「グロコ」( Groko=Große Koalition)、すなわち「大連立」しか残らない。でも、SPDがかなり議席を減らしたため、「大」連立というのには距離がある。16年前の総選挙のあとのそれとは今回は質が違う。AfDが第二党というなかで、第三党との「大」連立だからである。

 かりに「大」連立政権ができても、過半数を12議席しか上回っておらず、国防費増額のための「債務ブレーキ」緩和には基本法(憲法)の改正が必要であり、基本法改正には3分の2の特別多数(421以上)が必要となる。AfDと左派党を合わせて3分の1を超える216議席もっているので、いずれかの賛成を得なければ基本法改正は困難である。いわば極右と左の「改憲阻止線」が存在するなかでの政権運営ということになる。

CDU/CSUとSPDの連立協議にも時間がかかるし、発足しても政権運営は難航するだろう。どさくさ紛れに、新政権発足前の現政権のうちに「債務ブレーキ」緩和の基本法改正をやってしまおうという「裏技」もささやかれている。

    国防費増額のために、メルツ党首は特別基金の創設を検討中である。「ウクライナ戦争」が始まったとき、当時のショルツ首相は、連邦軍強化のための1000億ユーロの特別基金を設ける「時代の転換」を行った。その後、「大規模軍拡」(massive Aufrüstung)が進んでいったことは記憶に新しい(直言「ウクライナを世界最大の兵器生産国にする―戦争を長期化させようとする力とは」参照)。

  ドイツに対するトランプ政権の要求は大変ストレートで激しいものになるはずであり、国防費5%の要求もあり得る。トランプの圧力に抗しきれず、CDU/CSUがAfDに対するウィングを広げるかどうか。4月に政権が発足できるかどうかもわからないなか、トランプのヨーロッパへの猛アタックが始まる。

《追記》
『フランクフルター・ルントシャウ』紙2月28日から、本文で見た299の選挙区ごとの結果だけでなく、郡(Kreis)や市町村(Gemeinde)まで地図上で細かく見られるようになった。AfDが旧西ドイツ地域でも進出していることがわかる。ただ、主な大学がある地域(ゲッティンゲン、ハイデルベルク、フライブルク、チュービンゲン等々)ではAfDの影響力は大きくない。AfDとトランプの支持層は似ているように思う。(2025年3月1日追記)

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