

ゼレンスキー「公開処刑」のトランプ劇場
同じ場所(ホワイトハウス)、ほぼ同じ時期(2025年2月)、同じ状況(首脳会談)で、表情も空気もかくも違うものなのだろうか(写真はいずれもBBCサイトのもの)。石破茂首相のこの笑顔も20日後には凍りついたはずである。ただ、そのコメントをした場所(東京ガールズコレクションの会場・ここをクリック)と、その牧歌的な内容(外交には思いやりと忍耐が必要!?等々)からいって、問題の深刻さが十分に理解されていないように思われた。「いずれわが身」かもしれないのに、である。
別の見方によれば、「この会談はゼレンスキーの信用を失墜させ、「彼の立場の矛盾を突きつける」ための「仕掛け(setup)」だった」(スコット・リッター元米海兵隊情報将校)。
ヴァンス副大統領の挑発
この前代未聞のやりとりに発展するきっかけとなったのは、J.D.ヴァンス副大統領の発言である。ヴァンスの突っ込みにゼレンスキーが即座に反応したところから、トランプとの間でも、首脳会談ではあり得ないような言葉の応酬が始まったのである。NHKがまとめたトランプ・ゼレンスキーの「やり取り全文・後編」を見ると、トランプ=ヴァンスによりゼレンスキーが追い込まれていくのが手にとるようにわかる。
「バイデン政権によって創られた戦争」 2014年のオバマ政権時代、バイデン副大統領をトップに、前述のヌーラント国務次官補らがウクライナの「民主化運動」を援助・助長・促進し、親露派のヤヌコビッチ大統領を追放した(「マイダン革命」)。これがプーチンのクリミア併合につながった。あえてロシアを引き出す作戦である。バイデンが大統領になるや、2022年2月のウクライナ侵攻を誘発した。1991年の「ブッシュの湾岸戦争」は、フセインにクウェート侵攻をやらせた上で叩く「飛んで火に入る夏のフセイン」だったが(直言「湾岸戦争20周年と「意図せざる結果」」参照)、今回は、プーチンにウクライナを侵攻させて、事前に武器を与え、訓練までしておいたウクライナ軍に叩かせる。「飛んで火に入る冬のプーチン」という例えになるだろうか。 ウクライナ側にも相当問題があったにもかかわらず、メディアはロシア批判に特化して、この戦争を「ロシアによる侵略戦争」としてのみ、単純化して描いた(直言「「大本営発表」はロシアだけではない─メディアが伝えないウクライナの「不都合な真実」」参照)。ロシアによるウクライナ侵攻はバイデンの創作だった、というのがトランプの一貫した言い分であり、「もし自分が大統領に再選されていたら「ウクライナ戦争」は起こらなかった」という主張にもつながる。このトランプの言い分には上述のように理由がある。詳しくは、直言「「ウクライナ戦争」はなぜ終わらないのか―「不都合な真実」もろもろ」 にゆずる。 そこでも書いたが、ゼレンスキーが昨年10月16日に打ち出した戦争終結に向けた「勝利計画」(Victory Plan)なるものは、NATO即時加盟やロシア領内への長射程ミサイルによる攻撃許可など、バイデンをはじめ西側諸国首脳も消極的にならざるを得ないしろものだったが、これは「トランプ2.0」の誕生により完全に吹き飛んだ。 前述のように、私はこの戦争の開戦当初から、その複雑な側面、とりわけバイデン政権のかかわり方への疑問を指摘し続けてきた(直言「「ウクライナ戦争」をめぐる「もう一つの視点」―プーチン+トランプ」も参照)。戦争の本質をめぐっても、これを「グローバルな代理戦争」、あるいは「地政学的戦争」(リチャード・フォーク)と捉える視点に共感を示し、主要メディアの戦争評価に与してこなかった。近年、ゼレンスキーをめぐる「不都合な真実」が明らかになっている。とりわけ2023年9月、全世界の兵器産業225社をキエフ(キーウ)に招いて、「防衛産業連合」の創設を呼びかけたのには驚いた。ゼレンスキーの俳優時代の作品『国民の僕』(2015年)になぞらえて、私はゼレンスキーを「軍需産業の僕」と呼んだ(直言「「ウクライナを世界最大の兵器生産国にする」―戦争を長期化させようとする力とは」参照)。武器供与をめぐっても、 直言「「陳腐化」した兵器をウクライナに?」を出して、日本からの武器供与の議論にも釘をさした。 NATOのなかでも英国が前のめりでウクライナ支援に傾いている。労働党政権に交代してもそれは変わらない。ドイツはオラフ・ショルツ首相の慎重さにより、ヨーロッパによるウクライナへの武器供与の「歯止め」となり続けた。当初はレオパルトⅡ戦車の供与にも抵抗し、自走対空機関砲にとどめていた。好戦派の「緑の党」所属の外相におされてかなり軍拡に踏み込んだが、最終的にモスクワを攻撃できる巡航ミサイル「タウルス」の供与には反対し続けた。バンデラ主義者の駐独ウクライナ大使、アンドレイ・メルニクに、「レバーソーセージ」などと散々罵倒されたが、ショルツは揺らがなかった(前掲直言参照)。 「トランプの平和」(Pax Trump)とは ハル・ブランズ(Hal Brands)「反逆の秩序(The Renegade Order)─トランプはいかにしてアメリカの力を行使するか」(Foreign Affairs 2月25日発行)には興味深い指摘がある。「ドナルド・トランプはアメリカの政治秩序を一変させた。…トランプは、危機に瀕したアメリカの秩序を守る理想的な擁護者ではない。実際、彼は国際秩序についてほとんど考えていないのではないかと思われる。トランプは強硬なナショナリストであり、権力、利益、一方的な優位性を追求する」「…ひとつだけ確かなことは、トランプがリベラルな秩序の愛好者になることはないということだ。彼の地政学的傾向は変わっておらず、反民主主義的傾向は悪化の一途をたどっている。彼の掲げる「アメリカ第一主義」は、敵味方、そしてその間にいるすべての人を対象とした、峻厳で全方位的なナショナリズムを依然として特徴としている。…」と。 「ウクライナ戦争」の停戦に向けて、トランプはウクライナへの軍事援助停止を迅速に行った。この展開をどう見るか。ロシアに近い米国人の政治アナリスト、アンドリュー・コリブコ(Andrew
Korybko)は「5つの教訓」を挙げている。①トランプは和平仲介に本気であること、②トランプとプーチンは秘密の合意を結んでいる可能性が高いこと、③しかし、それは包括的な合意ではないこと、④ポーランドが重要な役割を果たす可能性があること、⑤「新たな緊張緩和」はトランプの最優先事項であること、である。 ①と②③は関連しており、重要だと思う。トランプはウクライナ停戦を何としてでも実現するだろう。その意図や狙いが彼特有のものであったとしても、である。日々戦死者を出している両軍の将兵の多くからすれば、一刻も早く停戦を実現してほしいというのは自然のことである。ウクライナ軍では集団脱走も起きている。守るべきものは国民の命。国土の回復まで戦争は続けるというゼレンスキーの方針に対して、国民の支持は確実に減少している。そして、②③の点では、当面のものであれ、すでに秘密交渉は行われていて、一定の合意ができていると推察されるし、それがあったからこそ、大統領執務室での「歴史的スキャンダル」が演出されたのではないか。3月中にかなり大きな進展が予想される。 EUの軍事同盟化?――NATOの終わりの始まり トランプ政権の事前の情報提供なしの「電撃戦」に対して、ヨーロッパの動揺は激しい。NATOは目下のところ、機能停止状態である。トランプはNATO条約5条事態(集団的自衛権行使)を想定しておらず、すでにピート・ヘグセス国防長官が、米国はウクライナに対してNATO 条約5条の保障を拡大しないと確認している。また、兵器供与の停止のみならず、米衛星インターネット接続サービス「スターリンク」の遮断にまで進みつつある。ドイツ連邦軍が米国防総省と連絡が途切れているという報道もある(『南ドイツ新聞』3月4日)。NATO国防相会議などはドイツのラムシュタイン米空軍基地で行われてきたが、トランプ政権は基地の使用を認めないかもしれないので、開催は微妙という観測もある。 ここへきて目立つのは英国とフランスである。英国のキア・スターマー首相はウクライナへの軍事支援と戦争継続に最も熱心で、3月2日、16億ポンドの新たな資金提供とウクライナ防衛のための「有志連合」結成を呼びかけた(BBC3月3日)。英国は「地上部隊の派遣や航空支援」も示唆している。 エマニエル・マクロン大統領は3月5日、フランス保有の核兵器による核抑止力を欧州に広げることを検討していると発表した(NHK3月6日)。米国の「核抑止力」の崩壊により、ロシアに対して、ヨーロッパ単独の核兵器で対峙するという構図である。 英国やフランスを軸にして、NATOではなくEUが前面に出てきた。3月4日、EUの旗のような鮮やかなブルーのスーツを着て、ウルズラ・フォン・デア・ライエンEU委員長が登場。8000億ユーロ(約127兆円)規模の「ヨーロッパ再軍備計画」を表明した。6日に開催される特別首脳会議で計画の詳細を議論するという。 かつてドイツ連邦国防大臣時代の彼女について書いたことがあるが、私は本質的にこの人物を評価していない(彼女の博士論文の剽窃・盗用疑惑についてはここから)。欧州再軍備計画とはライエンらしい大風呂敷だが、マクロンの欧州核抑止提案との絡みでいえば、「EUの核武装」という悪い冗談まで言い出しかねない。欧州平和維持軍のウクライナ派遣という方向が打ち出されたが、ロシアは「ウクライナにNATO軍が入ってきたら攻撃の標的とする」と主張しているので、EUの平和維持軍だろうが同じ扱いをされるだろう。 直言「NATOグローバル化のパラドックス―「米国以外の国に戦争をやらせる体制」」でも書いたが、日本や韓国、オーストラリア、ニュージーランドなどとNATO との連携(グローバル化)は、煎じ詰めれば、米国が手抜きをした軍事的世界管理である。しかし、これは成功しないだろう。NATOの終わりの始まりである。「ヨーロッパに妄想に近い強烈な思い込みがあるからこそ、NATOは存続している」という15年前のカレル・ヴァン・ウォルフレンの指摘が、いま現実化しようとしている(『アメリカとともに沈みゆく自由世界』(徳間書店、2010年)307頁)。ウォルフレンが鋭く批判する「西側の価値観というまやかし」に対して、トランプが「アメリカ・ファースト」という本音の突出で挑戦してきたわけである。米国抜きのEUが「ヨーロッパ再軍備」を目指し、条約5条の発動(集団的自衛権)に消極的な米国が威張るNATOの代替組織となろうとしているが、ハンガリーやスロバキア、さらにドイツでもAfDが第二党であり、EUの試みは内部から崩れていくだろう。フォン・デア・ライエンの賞味期限も長くはない。そもそもマクロンはドゴールにはなり得ない。5月8日(ロシアでは5月9日)までに戦後80年の枠組みは大きく書き換えられるだろう。日本は、「忖度と迎合の日米安保」の惰性のまま、これからも生きていくのか。 トランプの「ゆすりとおどしの外交」は始まったばかりである。かつては学校の教科書にも「GNP1%枠」があって、これは入試問題にも使われたが、3月4日、トランプ政権の国防次官候補は日本に対して、「防衛費GDP3%」を求めてきた。「戦争可能な普通の国」への道を歩む日本は、自前の核武装にまで行くのか。日本被団協にノーベル平和賞が 授賞されるという昨年の動きとはまったく逆行する流れになっている。ひたすらトランプに追従し、改憲と軍拡に進むのか。周辺国との間で過度に不安感をあおり、無駄なエネルギーと出費を続けるのか。それとも、日米地位協定の改定を含めて、まともな日米関係の再構築に主体的に取り組むのか。「ベース(基地)の思想」からの離陸が求められている。
そして日本は――「迎合の忖度の日米安保」からの離陸を
いま、私たちは、戦後80年を前に、真正の「時代の転換点」(Zeitenwende)に立っている。