ドイツ新政権の「防火壁」――トランプ政権の政治介入の「効果」
2025年4月17日


「黒・赤連立」が成立へ

2月23日のドイツの総選挙から2カ月近くが経過した。トランプ政権がこの選挙に露骨に介入して、その「期待」通り、極右の「ドイツのための選択肢」(AfD)が大躍進して第2党となった(得票率20.8%)。だが、同党は政権協議から完全に排除され、第1党のキリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU)(得票率28.5%)と第3党の社会民主党(SPD)(同16.4%)との間で政権協議が続いた。4月10日、ようやく連立協議が終わり、A4で185頁の「連立協定」が合意された。現在、両党の下部組織の承認(SPDは全党員投票)の手続が進んでいる。

 連立の組み合わせとしては、CDU/CSUとSPDの2党連立で、「黒・赤」の「大連立」(Große Koalition)というタイプになる(略称は「グロコ」(GroKo))。だが、両党合わせて得票率44.9%で、過半数は維持できていない。「緑の党」は得票率11.6%で、同党を加えた「ケニア連立」 となっても56.5%で、基本法改正のための3分の2以上を確保できない。また、CDU/CSU内には「緑嫌い」が根強い。結局、「黒・赤連立」となった。

 だが、選挙から政権発足までの空白期間に、旧議会(20期)の議席で69回目の基本法改正を断行することになった(直言「「駆け込み改憲」による大軍拡─「トランプ津波」とドイツ」参照)。「緑の党」はかつての「平和の党」から「好戦主義者」(Belizisten) に変身したので、この大軍拡のための基本法改正には賛成だった(気候変動対策等5000億ユーロの「餌」もあり)。

  さて、この連立政権をどう呼ぶべきかについて、左派党系の新聞NDの政治デスクがコラム(4月11日)でこう書いている。「これはもはや大連立[GroKo]ではない。「小連立」を意味する「KleiKo」というやや悪意のある略称も、あまり好ましくない。なぜなら、ほとんど何も言っていないからだ。これまでは、私は「黒・赤連立」と書いていた。しかし、最近、無政府主義者[アナルコ・サンジカリズム]の友人から怒りのメッセージが届いた」と。いずれにしても、少数与党の連立政権の発足なので、日本と同様、ドイツ政治の不安定性、不確実性が続くことだけは確実である。それはEUやNATOの不安定性にも連動していくだろう。


5月6日、メルツ首相誕生

 ドイツ連邦議会議長のユリア・クロックナー(CDU)は、連立合意の当事者による承認と、基本法63条1項に基づく連邦大統領の提案を条件として、5月6日に連邦首相を選出するための連邦議会を招集することを通知した(連邦議会プレスリリース4月14日参照)。首相には第1党のCDU党首フリードリッヒ・メルツが就任する。

 私は「メルツ首相」には個人的に違和感がある。メルツは「賞味期限切れの政治家」と考えてきたからである。彼はライバルのアンゲラ・メルケル首相との確執などで、2009年に政治家を引退している。13年近く、弁護士や企業の監査役・相談役などをやって、2022年のCDU党首選で当選したものである。閣僚経験は一切なく、政府の責任ある仕事をしたことがない。その意味では、主要閣僚を何も経験せず、官房長官(第3次小泉改造内閣)をわずか10カ月やっただけで自民党総裁→首相となった安倍晋三と同様、役所を背負って頭を下げたことがない。謙虚さと柔軟性を含めて、政治家としての感覚は、かなりクエスチョンである。

 思えばちょうど10年前、メルケル首相がほとんど独断で、ハンガリーからオーストリアを経由してドイツに向かう20000人の難民の受入れを表明した。その翌年、私は半年間、ドイツに滞在して、この難民をめぐるドイツの苦悶現地で体感した。メルツはこの期間、企業の経営委員などをやっており、政権の困難な運営に直接関わっていない。この写真にあるように強面で、押し出しの強い発言が目立つが、判断能力や決断力には疑問がある。

 今週、メルツは早速やってくれた。SPDとの連立協定が合意された直後なのに、「最低賃金15ユーロ」についてトーンダウンする発言をして、SPD、とりわけ青年部(Juso)から猛烈な反発を受けている。また、ARDのインタビュー(4月14日)で、射程500キロの巡航ミサイル「タウルス」(写真参照)をウクライナに供与することを明言し、「ロシアとクリミアの間の最も重要な陸上連結部」を破壊すべきだといってしまった。これも、首相となる立場をわきまえない迂闊な発言といえる。クリミア橋は、ウクライナ軍が何度か攻撃しているので、この高精度のミサイルでこれを破壊すれば、ドイツが実質的に参戦したとロシアはとる。事実、戦術核兵器使用の威嚇発言を繰り返すドミトリー・メドベージェフ安全保障会議副議長(元大統領)は激怒。祖父がナチ党員だったメルツのことを「ナチス」と面罵した(RT4月14日)。次期ドイツ首相に対するロシアからの強いメッセージといえる(外務省報道官は「ドイツ次期首相は世界に脅威を与える」と危惧)。これまでショルツ首相は、ウクライナへの「タウルス」供与について、好戦的な「緑の党」外相らの激しい突き上げにもかかわらず、決して認めなかった。トランプ政権が支持するAfDも「タウルス」供与に強く反対しているから、メルツの安易な発言は、トランプからも突っ込みを入れられるだろう。
 またメルツは、前政権の移民政策を徹底批判して、アフガンとシリアの難民の強制送還を強化しようとしている(Die Welt vom 10.4.2025)。難民による殺傷事件が相次ぐなか、国民の反移民感情は高まっている。CDU/CSUが極右のAfDと連携することを阻止する「防火壁」は揺らいでいる。

政権党の副議員団長、AfDとの連携を示唆

ここへきて、CDU/CSUとAfDとの間の「防火壁」(ファイアウォール)を崩すような発言が主要幹部から出てきた。CDU/CSU副議員団長のイェンス・シュパーンは、野党第2党のAfDを、他の野党と同様に扱うべきだというのである。ザクセン州のミヒャエル・クレッチマー首相(CDU)もこれを支持している。AfDに対する「防火壁」めぐる論争は、5月に発足する連立政権の負荷になっている(以下、『南ドイツ新聞』4月16日付参照)。

近年、連邦議会副議長のポストに立候補したAfDの候補者は、必要な過半数を獲得できていない。議会の委員長ポストも同様である。日本の国会では考えられないことである。つまり、これが「たたかう民主制」のあらわれといえる。「AfDは他の政党のような普通の政党ではない。私たちの[民主主義]制度を弱体化させようとしているのだ」(SPD議員団筆頭幹事長)。 AfDのいくつかの州組織は憲法擁護庁によって「確認済みの右翼過激派」に分類されており、連邦のAfDは過激派の疑いがあるケースに分類されている。CDU/CSUとSPDの連立協定には、連立パートナーは「あらゆる政治レベルにおける反憲法的、反民主主義的な右翼過激派政党とのいかなる協力も排除する」という一節が挿入され、「防火壁」(ファイアウォール)が確立されている。もしCDU/CSUがAfDに対する姿勢を緩めるようなことがあれば、4月29日まで行われているSPD党員投票で連立協定への批判が増えるリスクもある。

南ドイツ新聞の議会担当編集委員の4月16日付評論は、「シュパーンは間違っている。過激派を正常化することで彼らと戦うことはできない」として、こう書く。「2017年にAfDが初めて連邦議会に進出した後、他の政党はAfD党員を連邦議会の委員長のポストに選出することに合意した。そのうちの2人は数々のスキャンダルを引き起こした。また、支持者を連邦議会に招待し、そこで他の国会議員や大臣に対してあからさまな侮辱を行うという事件もあった。 AfDは信頼に基づく協力の基盤を破壊した。反省の兆しはない。このような行動を正常化するようなメッセージは送るべきではない」と。

 

「防火壁」は健在か――総選挙前の市民デモ

 2月2日、ドイツ各地で、AfDの政治的影響力の急増に対する危機感から、市民の大規模なデモが行われた。私が注目したのはベルリンでのデモの終着点、つまり目標がCDU本部前だったことである。20万人(警察発表16万人)が連邦議会前広場からCDU本部前まで埋めつくし、「私たちが防火壁(ファイアウォール)だ」と叫んだ。この第一報を直言「トランプ政権の歴史逆走―ドイツ総選挙への介入?」の「追記2」で書いた。これを読んだ『週刊金曜日』編集部から原稿依頼がきた。この機会に、許可を得てこれを転載させていただくことにした。以下最初の2頁を掲載する(続きはPDFファイルで全文を読むことができる(ここをクリック))。

  2023年11月にAfDがネオナチ系の人脈を含めて秘密の会合をベルリンのヴァンゼーで開いたことが知られるや、市民が大規模なデモを行ったことが想起される(直言「「市民感覚の大規模デモ」―極右の「再移民」計画に抗して」参照)。難民などによる犯罪が起きても、ドイツ人が「再移民」という名前の強制移住の計画には決して賛成しない。これが「防火壁」である。いま、メルツ連立政権が誕生するにあたり、この2月のデモについての拙稿をアップすることで、「防火壁」の意味を再度考える機会にしていただきたいと思う。全文はここから(『週刊金曜日』1509号(2025年2月21日)。

 

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