「新聞を読んで」 〜NHKラジオ第一放送
      (1999年 2月 7日午前0 時30分、再放送5 時35分)

今週も新聞を素材に、三つの問題について考えてみたいと思います。

1.老舗百貨店の閉店と所沢産野菜の暴落

 この1週間、マスコミ報道の影響という点で興味深い出来事が続きました。まず、31日の東急百貨店日本橋店の閉店です。17世紀半ばに創業した白木屋を原点とする老舗ということもあって、各紙東京本社版はかなり詳しく報道しました。『東京新聞』に至っては、2月1日付の一面トップ、カラー写真2枚を使い、「そして建物だけが残った」などと洒落っけを交えた大見出しに、「平成不況に無念の幕」「336年の歴史に終止符」と報じました。この日は16万人がつめかけ、この百貨店の97年の年間総売上げの45%を、「閉店セール」であげたそうです。『朝日新聞』も5日付「ニュース・時代を歩く」で大きくとりあげ、閉店の日を詳しくレポートしていました。ただ、新聞はむしろ後追い的で、ワイドショーをはじめとするテレビの扱いの大きさは異様でした。3世紀以上続いた老舗の閉店は、不況や、東京の中心部の変化などとの絡みで一つの事件として扱うことも可能ですがその結果、一種のアナウンス効果というか、マスコミが特定の百貨店の売上げにここまで貢献したというのは何とも皮肉なことです。他方、2月1日のテレビ朝日ニュースステーションが「所沢産の野菜にダイオキシン濃度が高い」と伝えたことから、所沢産や埼玉県産の野菜の入荷中止が相次いでいるそうです。新聞報道では、4日付『朝日』が「ダイオキシン報道響く、野菜暴落」と社会面カタでまず伝え、『読売』も翌日付で「県が安全性調査・公表へ」と続きました。6日付『朝日』はついに社面トップで「一種の風評被害」という識者コメント付で大きく扱いました。ダイオキシン問題はそれ自体、重大な問題ですが、報道の仕方一つで、国民の一般的不安感が広がり、こうした現象が起きることは、O157の「カイワレダイコン」のケースを思い出せば十分でしょう。老舗百貨店と所沢の農家とでは、売上げという点だけ見れば、報道がもたらした効果はまさに対照的でした。

 

2.ガイドライン関連法案と地方自治体  

次はガイドライン関連法案をめぐる問題です。各紙とも、政府・与党と野党との駆け引きを中心に、ほとんど毎日のように詳しく報道しています。今週の新聞では、「周辺事態」の基本計画に対する国会の承認の問題と、「周辺事態」に自治体や民間がどこまで関わるのかが焦点となりました。まず、国会承認の問題。日本が武力攻撃された場合を想定した防衛出動の場合は、国会の事前承認が原則です〔自衛隊法76条〕。ところが、「周辺事態」の場合には米軍への迅速な協力が必要だということで、事前承認の議論はいつの間にか消えてしまい、事後承認の時期や方式の問題に重点が移ってしまいました。『毎日新聞』5日付夕刊は、一面ハラで、自民党が、衆議院と参議院の両院で不承認の議決があったときだけ自衛隊を撤収させるという案を、野党に非公式に提示したと伝えました。しかし、これでは、国会承認の意味は限りなく無に帰するでしょう。防衛出動の場合、衆参いずれかの院で不承認にされたら撤収しなければならないとされており、日本が武力攻撃 されてもいない「周辺事態」の場合に国会の関与を低めることは、あまりにも対米軍事協力を優先させすぎたものと言わざるを得ません。新聞各紙の対応も分かれ、『読売』『産 経』は国会承認を緩める方向、『朝日』『毎日』『東京』をはじめとする地方紙は概ね、国会承認の厳格化を求めています。 私は、米軍への協力の迅速性という要請が、国会承認の有無を左右する、日本の状況に 危惧を覚えます。イラク空爆をめぐって、アメリカと友好関係にある湾岸諸国でさえ、基地の使用を拒否した国が出ました。「周辺事態」の問題でも、日本自身が最終的に判断して、アメリカへの協力の有無と中身を決めることができるはずです。国会承認をめぐる今の議論は、諸外国に対して、日本がいかに自主性がないかを示すことにならないでしょうか。今週、周辺事態法案で焦点となったもう一つの問題は、民間・自治体の協力の問題です。『朝日』3日付は一面トップで、武器輸送を民間に依頼する方針を政府が固めたとスクープしました。現在、米軍の弾薬は大手の輸送業者が運んでいますが、これを「周辺事態」にも応用するもの。戦闘作戦に民間業者が巻き込まれる可能性もあり、その範囲は明確さ欠くと『朝日』の記事は批判しています。一方、自治体との関連では、『毎日新聞』6日付が、政府が、自治体の米軍への協力内容を、港湾・空港の使用、人員・物資輸送など 10項目にまとめて提示し始めたとスクープしました。トップ項目は港湾の使用です。これと関連して今週注目されるのは、『朝日』5日付夕刊が1面トップで、「非核神戸方式」という試みが全国的に広がっていると伝えたことです。1975年以来、神戸市は、市 議会の決議に基づき、神戸港に入港する艦艇に、核兵器を積んでいないという証明書(非核証明)の提出を求めてきました。『朝日』東京本社版5 日付夕刊の第一社会面トップは 一面と連動して、民間港への米軍艦船の寄港がガイドライン見直し以来急増していることを地図・図表付きで詳しく伝えています。さらに、福岡の『朝日』西部本社版は、東京本 社版と同じ記事を使い、その下に、大分県の日出生台演習場での米海兵隊の砲撃演習を写真付きでリアルに伝えています。他方、神戸をテリトリーとする『朝日』大阪本社版には 、5日夕刊、6日付朝刊にもこの記事はありませんでした。同じ新聞社でも、地域によって微妙な温度差があることが分かります。なお、この問題では地方紙の報道が注目されます。『北海道新聞』3日付は、小樽市が 、第7艦隊のミサイル駆逐艦の小樽港への寄港許可にあたり、核兵器搭載の有無への回答を文書で求めたのですが、アメリカ総領事館は「外交事項であり、外務省と協議してほし い」と回答を拒否されたと伝えました。『北海道新聞』4日付は、「米艦寄港、条例で『非核』明確化を」と題する社説を掲げ、非核港湾条例を制定して、国の非核三原則の方針 を貫き、核にまつわる疑惑や住民の不安を払しょくしていくことが、首長や議会に課せられた重大な責務だと強調しています。函館や鹿児島、呉で「神戸方式」の条例化を求める 動きがありますが、そのなかで今月一番注目されるのは、高知県です。橋本大二郎高知県知事は、この2月県議会に、県内すべての港湾に「神戸方式」を 導入する県港湾施設管理条例の改正案を提出する予定と言われます。これに対する国の姿勢は固く、『高知新聞』1月7日付によると、外務省は、「自治体の権限を逸脱するもの」「外国軍艦の寄港を認めるか否かは国の事務である」という公式見解を橋本知事に送ったそうです。一方、橋本知事は、「地方分権を踏まえれば国と地方は対等の立場だ。非核という国の方針を地方が実現したいだけだ」と語ったそうです。『高知新聞』1月8日付社説 は「国の非核政策の方が問われている」と題して、新ガイドラインによって自治体が米軍 協力を迫られる状況について触れ、「こうした状況だからこそ、非核三原則の実効性が一層、厳格に問われる。地方とともに非核三原則に新たな生命力を吹き込む姿勢と度量を国 に求めたい」と強調しています。同感です。 〔ただ、外務省も言うように、安全保障の問題は、一般に国の事務に属すると理解されてきました。憲法73条2号、3号は外交の処理、条約の締結を内閣の事務にカウントしています。しかし〕国連の機関で「人間の安全保障」が強調されるようになるなど、安全保障保障の問題を国家オンリーで考える時代は終わりました。NGOや自治体の役割も重要になっています。地方自治体は住民および滞在者の安全を守る責務があります〔地方自治法2条3条1号〕。安全保障というものを広い意味でとらえたとき、自治体が住民の安全を守るという観点から、さまざまな施策を行うことは憲法上可能というべきです。それはむしろ、憲法92条にいう地方自治の本旨(根本目的)を創造的に発展させるものと評価できるでしょう。安全保障の問題についての地方紙の今後の報道に注目したいと思います。

 

3.西暦2000年問題について  

さて最後は、コンピューターの問題です。30日付『東京新聞』は一面トップで米国務省が西暦2000年問題で警告を発したと伝えています。西暦2000年問題〔Y2K問題〕とは、 コンピューターが99年から2000年に移る年を正しく読み取れず、下二桁の00を1900年と勘違いして誤作動するおそれがあるという問題です。これに対応するソフトウェアやアップデートリリースといったものでサポートしていけば問題はないのですが、世界中にコンピューターが普及するなか、これを完全に徹底するのは極めて困難です。国務省は世界のために警告したというよりは、まさに自国民保護。米国市民は年末年始は海外旅行に特別の注意を払えという調子です。『産経新聞』6日付夕刊は「途上国の対応不十分」と書いています。アメリカの危機感は相当なもので、インターネットで検索して見ると、米軍が核弾頭を外すとか、飛行機を飛ばさないとか、カナダ陸軍が〔混乱に備えて〕平時最大の警戒態勢に入ったといった情報が飛び交っています。一方、日本のおおらかさについては、『朝日新聞』2日付第2社会面「海外は失念、運輸省大慌て」という見出しで、運輸省幹部が、国内の旅行会社の対応は考えているが、海外に出た人のことは頭になかった、と語ったと伝えています。それでも、大手電気メーカーは、1日付各紙に全面広告を打ち、〔オーケストラの指揮者の写真を使い、〕「西暦2000年対応には、年番前の入念なリハーサルが大切です」と呼びかけました。同じ日、紙面半分を使った中小企業庁の広告も掲載さ れ、2000年問題対応のため低利貸付制度などを紹介しています。もっとも、最新のコンピューター雑誌には、「なんで今ごろあわてるの?」といったエッセーが載り、活火山の近くに都市をつくって慌てるのと同根だと皮肉っています〔DosV magazine99年2月15日号 〕。コンピューターのメモリーが高価だったときに、二桁を省略して費用を節約した企業の責任問題は出ていないようですが、〔2000年になれば使えないことを知っていて販売した側、それを承知で購入したユーザーの問題もある。〕この問題では、政府が対策予算を組み、不況のなかで大企業も中小企業もこの問題に費用を捻出しなければならないわけです。2000年が来ることはとっくにわかっていたわけで、先程述べたように、活火山の近くに都市をつくり、噴火が近づいて慌てているという状況が今起きていると言えるのではないでしょうか。〔この問題では、今後、新聞が伝える頻度は月をおうごとに増えていくで しょう。今日はこのへんで。〕 水島朝穂