1.大洪水と地球温暖化
年末年始と8月のお盆の時期は、何となく新聞の紙面に活気がなくなります。それは、新聞記者も休みをとるからです。今週の新聞各紙にもそれを感じました。でも、事件や事故に休みはありません。ヨーロッパを襲った大洪水は、今週になってその被害の大きさと深刻さがさらに明らかになりました。8月18日付『朝日新聞』のコラム「天声人語」は、美しき青きドナウが濁流となってヨーロッパの街を襲っている、エルベ川も増水してドイツの古都ドレスデンなどを水浸しにした、ブルダバ(モルダウ)川がプラハの街を水浸しにして、冠水した動物園ではゾウやライオンなどの射殺に追い込まれた、という書き出しで、「このごろ地球規模で気候が変だとの思いは強い」と結んでいます。この水害は、150年に一度の規模から、「千年の一度の規模」(ドイツ政府関係者の声、『朝日』22日付)という言い方まであり、歴史的大被害が広がっていることは確かです。ドイツの週刊誌『シュピーゲル』の今週号(8月19日)を見ると、わずか6日間で4,48mから9,29mに水位が上昇したエルベ河畔のドレスデンの惨状を伝えています。プラハを流れるブルダバ(モルダウ)川がエルベ川と合流。その下流がドレスデンです。『読売』23日付9段の特集記事は、水害の影響や背景、意味などを探る、この時期の記事としては秀逸の内容でした。『読売』によれば、この大洪水による旧東独地域の被害額は日本円で1兆7500億円を超え、ドイツ統一後12年かかった旧東独地域再建策が「水泡」に帰したと書いています。被害の中心が旧東独や東欧の復興途上の地域に集中したことが今回の特徴で、この洪水被害がもたらす社会的影響は長く尾を引くものと思われます。『読売』記事はまた、「人災?」という見出しで、堤防の基盤に手近にあった砂の多い土を使ったことが堤防決壊の原因という専門家の声を拾い、旧東独時代の治水対策の遅れのツケを指摘しています。ただ、堤防を強化すればすむ問題でもありません。『読売』の記事は、ライン川では堤防を強化して川幅を狭めたため、かえって自然放流を促す水路を絶ち、冬場に洪水が起きやすくなったことから、「真の治水」政策とは何かを問うています。一昨年までライン河畔のボンで1年生活しましたが、春先の雪解け水でライン川やモーゼル川が増水し、道路が冠水するのを目撃しました。9mという水位の上昇は、平地の多いドイツでどれだけ被害を広めるかは想像できます。『読売』の記事は、「人間の行為が間接的に引き起こしたとみられる自然の猛威は、天文学的数値の『報復』を欧州中部全域にもたらした」と結んでいます。この「人間の行為」には、地球温暖化による気象変動も含まれます。『朝日』20日付は、地球温暖化と洪水を絡める見方がヨーロッパに広がっていることを伝えています。
同じ時期、ネパールやバングラデシュ、中国南部も洪水にみまわれています。しかし、新聞の扱いはヨーロッパに比べて格段に小さく、欧州では100人を超える犠牲者を出したと書かれるのに対して、アジアでは1000人以上の犠牲者。6月以来の洪水で中国の被災者は5400万人だそうです(『朝日』20日付)。どうしてもヨーロッパが大きく報道されがちですが、「降れば洪水、降らねば干ばつ、溢れた水にはダイオキシン」という地球環境問題は実は全地球規模の問題かもしれません。
そうしたなか、ツバルやナウルなど太平洋の島嶼諸国の首脳会議が17日、フィジーの首都スバで開かれ、『毎日新聞』18日付によると、そこで太平洋の島々の国がアメリカに対して温暖化対策を求めました。アメリカのブッシュ政権が、昨年3 月、地球温暖化対策の京都議定書から離脱して、世界の顰蹙をかっていますが、太平洋の島々の国は珊瑚礁でできているところもあり、海面の上昇は国土の消滅につながります。これらの国の最大の「国土防衛」とは、地球温暖化の阻止です。今月26日から南アフリカで開催される環境開発サミットでも、総合的な洪水対策がとりあげられますが、この会議にブッシュ大統領は欠席します。テキサスの石油資本と深い結びつきのある大統領が1カ月の長い夏休みをとっている間に、ヨーロッパの大洪水は起きました。地球温暖化対策に冷淡な姿勢をとるアメリカに対して、ヨーロッパの反発はさらに増すでしょう。
2.イラク攻撃をめぐって
ところで、イラクへの軍事攻撃をめぐっても、アメリカとヨーロッパ諸国の亀裂は深まっています。
ドイツのシュレーダー首相は、「対テロ戦争」のときにブッシュ政権に「限りない連帯」を表明したのとはうってかわって、アメリカがイラクを攻撃しても金も軍も出さないという姿勢を明確にしました(『朝日』8月20付)。この人物の過去の遍歴からすれば、総選挙目前の選挙ポーズという見方も十分できますが、このところブッシュ政権の「一人わが道を行く」という強引な単独行動主義については、ヨーロッパ諸国で批判が高まっており、ヨーロッパの対米「自立化」の一貫とみることもできます。鹿児島の『南日本新聞』22日付社説は、ブッシュ大統領がイラクに対して先制攻撃を行う可能性があるが、これは国連憲章に違反すること、「他国の『政権変更』を目的とする先制攻撃は、内政干渉だろう」と指摘しています。そして、「フセイン政権が交渉を全面拒否しているわけではない。話し合いの余地は残っている」「国際社会は米国の暴走をいさめなければならない」と書いています。ブッシュ政権によるイラク攻撃は国際法上の何の正当性も合法性もなく、これに関与すれば共同責任を免れないでしょう。国際的な「法の支配」確立に重要な意味をもつ「国際刑事裁判所」(ICC)発足を妨害するブッシュ政権。『朝日』20日付によると、クリントン政権の国務長官をやったオルブライト氏(コソボ紛争でNATO空爆に踏み切らせた)でさえ、「ブッシュ政権は、口を開けば『法の支配』というが、人道への罪や環境分野では、法の支配にアレルギーがあるうようだ」と厳しく批判しました。こうした動きのなかで、日本の対米姿勢が問われていると言えるでしょう。
3.住基ネットをめぐる問題
さて、国内に目を向けると、今週、住基ネット(住民基本台帳ネットワークシステム)が稼働して2週間が経過しました。住民票コード通知表も各家庭に届き、問題が具体的に明らかになってきました。
『毎日新聞』20日付特集「情報保護消えぬ不安」は、配達方法の問題、発行ミスの問題、印刷ミスの問題などを伝えています。住民票コードか透けてみえる(函館、佐世保、平塚市など全国各地)、番号送付ミス(美幌町)、未着・不適切な運用(帯広市)などの問題のほか、今週の地方紙を見ると、あちこちでトラブルが起きています。
例えば、『宮崎日日新聞』21日付によると、通知書が25世帯分(71名)が行方不明になったと伝えています。原因は不明。『神戸新聞』22日付によると、兵庫県内の全市町村で20日までに発送を終えたが、19所帯119人に誤った番号を通知してしまったり、転居先不明などでの2万400通が返送されてきたそうです。これは対象世帯の1.1%にあたります。通知書は本人が名乗り出る以外に渡す手だてはなく、返送された通知書は市役所での保管が義務づけられますが、総務省は「保管期間は自治体の判断に任せる」との姿勢で、自治体では困惑。総務省は自分の番号を知らないことによる不利益は「特にない」としていますが、だとすれば、一体このシステムは誰にとって一番利益があるのか。問わず語りに示しているようにも思えます。
4と9という番号への抗議もあり、特に末尾に96で「苦労する」とか、「死」をイメージする4の番号が嫌われたようです。『神戸新聞』の記事は、21日までに兵庫県内で380件の受け取り拒否があったと伝えています。『高知新聞』19日付によると、高知市では19日までに、住民の4.4%にあたる4300世帯が受け取りを拒否したそうです。
総務大臣は、住民票の写しが全国どこの自治体でもとれるという「便利さ」をさかんに言いますが、個人情報が漏れたり、目的外使用がなされたりすることに対する防止策が不十分なままの見切り発車です。ひとたび流失・拡散した個人情報は二度と取り戻すことができません。だからこそ、必要以上のデータベースを作らず、一元的にまとめないことがセキュリティの大原則という指摘もあり、住基ネットはまさにその逆をいくものでしょう。部内の情報漏れへの不安は、この間の防衛庁リスト問題などで市民にはお馴染みです。
なお、住基ネットに不参加を決めた自治体では、今週の段階ではまだ参加を決めていません。『神奈川新聞』22日付によると、市民の選択に委ねた横浜市では、数千万円をかけて希望者だけのデータベース化を準備中ですが、県との対立は深まるばかりです。
日本全国で真先に不参加を決めて一躍有名になった福島県矢祭町。情報保護が守られない限り、参加しないという立場から情報保護条例を制定しようとしています。『福島民報』の連載記事「矢祭発の波紋」(7月24〜26日)は、住基ネットが2001年4月施行の改正地方自治法では自治事務とされたもので、地方自治体が自らの責任と判断で行う事務ですから、国がどこまで住基ネットの参加に関与できるか議論があり、地方自治の観点からすれば、国が一律参加を強制する仕組みに疑問を投げかけます。そして、問題の展開次第では、「全国の地方自治体があらゆる事務で独自性を出し始めるきっかけになる可能性を秘めている」という声を紹介しています(7月26日付)。中央政府の強引なやり方に対して、地方が声を挙げはじめたという点で注目すべき出来事だと思います。継続審議になった「武力事態攻撃法案」のなかに、内閣総理大臣が「有事」の際、地方自治体に対する指示権をもち、また直接執行できる条項を置いたのも、こういう動きに対する「備え」と言えるかもしれません。今日はこのへんで失礼します。