1.大きな事件が続いた一週間
今週は大きな事件がたて続けに起きたため、山のような新聞切り抜きから何を選ぼうかと大変悩みました。まず8 日(月曜)の各紙トップは元自治大臣・佐藤観樹氏が秘書給与詐取容疑で逮捕されたこと。逮捕まで1週間の急転回でした。8 日夕刊トップは、鳥インフルエンザ感染が確認された養鶏場の会長夫婦の自殺。9 日は「有事」関連7法案が閣議決定され、各紙とも大きく報じました。いわゆる「国民保護法制」の具体化も含め、自治体の関わりや市民の権利制限の問題などがこれから鋭く問われてきます。同じ日、法務省は戸籍法の施行規則を改正して、嫡出子と婚外子の戸籍上の記載方法の区別をなくす方針を固めたという記事も載りました。10日付『朝日』は一面トップで、警察庁が偽名領収書の廃止を決めたと報じています。これまで、捜査協力者への支払いなどの名目で偽名領収書を使ってきたわけで、テレビ朝日の報道番組「ザ・スクープ」の文字通りのスクープから始まった北海道警察の裏金問題。『北海道新聞』の地道な追跡取材ともあいまって、全国の警察を揺るがす事件に発展していく気配です。10日付各紙夕刊と11日付は、神戸連続児童殺傷事件の加害者の男性が医療少年院を退院したことを大きく取り上げました。12日付各紙トップはスペインで起きた連続列車爆破事件です。12日夕刊トップは、韓国憲政史上初の大統領弾劾訴追案の成立です。それぞれの事件が、その後の影響という点も含めて、重要な問題をたくさん含んでいますが、今日のお話は2つの問題にしぼりました。
2.メディアと防衛庁の「イラク取材ルール」合意
まず、イラクに派遣された自衛隊部隊の取材に関連して、新聞協会・民放連、防衛庁の三者で合意した「イラク取材に関する申し合わせ」という合意文書について(イラク取材ルール)。12日付の各紙は、それぞれ編集局デスク(次長)クラスを登場させ、防衛庁との間で合意した事柄と経緯を説明するとともに、この「ルール」の抜粋を掲載しました。『読売新聞』は第2 社会面に「『知る権利』と両立図る」という見出しで、編集局次長の解説を載せたものの、比較的地味な扱いでした。『東京新聞』も第3 総合面下で扱いはさらに小さかったです。これに対して、『朝日新聞』と『毎日新聞』は特設面一頁全部を使って、防衛庁と合意した「ルール」を詳しく紹介しながら、一定の検証を行っています。見出しも、『朝日』が「報道の自由尊重前提に」というもので、これは「安全確保を最優先」という『読売』見出しとは対照的です。『毎日』の見出しは「報道規制と『取材の自由』で調整」。『毎日』が、ジャーナリストの鳥越俊太郎氏ら3 人の識者コメントを載せるという点を加味すれば、「イラク取材ルール」発表時点の扱いとしては、『毎日』が一番充実していたといえるでしょう。問題はその「ルール」の中身です。
1月段階で、防衛庁がイラク現地での取材自粛を要請するという事態が生まれました。幕僚長の記者会見中止の動きなど、メディアと防衛庁との間で険悪な空気が流れました。現地では、記者に「暫定立ち入り証」が発行され、その際に自衛隊側は多くの条件を付けました。そこで、メディア側が、抽象的文言で取材が規制されることを危惧。あらかじめ「取材ルール」を確立しておくことを政府に申し入れたわけです。『朝日』『毎日』は報道の自由や政府の説明責任に関する基本原則の確認を強く求めましたが、防衛庁側は難色を示しました。結局、メディア側は、一定の条件のもとで、「安全確保等に影響し得る情報」の報道自粛を認めました。『朝日』によれば、「安全確保等に影響し得る情報」を22項目例示して、具体的にしぼりをかけたのが、この「ルール」の狙いのようです。「現地部隊の円滑な任務遂行に悪影響を及ぼすと判断されるような取材の時機・方法は控える」とか「安全確保等に悪影響を与えるおそれがあり得ないことを十分に確信した上で報道する」といった文言が並びますが、事柄が「報道の自由」の制約に関わるだけに、メディア側は妥協しすぎたのではないかとの疑問は残ります。しかも、合意した「ルール」全体が軍事的言葉づかいで一貫されていて、それだけでメディア側には不利です。交渉の過程で別の表現にするなどの要求ができなかったのでしょうか。例えば、「部隊の勢力の減耗状況」という言葉が出てきます。一般に、ある作戦行動をとっている部隊が死傷者を出した場合、損耗率何パーセントという形で表現します。戦争の場合は作戦の展開に影響しますから、その部隊が被害を受け、行動不能ないし困難になったという情報を報道されると、「敵」にこちらの被害がわかってしまうので、「減耗状況」の報道は控えさせ、早急に補充して部隊の行動に支障がない状況になってから公表するというわけです。そもそも「減耗状況」といった用語で合意してしまうメディア側の見識が問われます。小泉首相の言葉を借りれば、「自衛隊はイラクに戦争をしに行くわけではない」はずです。被害が出れば、メディアはそれを大きく報道すべきでしょう。なぜなら、イラク特措法は、いわゆる「非戦闘地域」での活動しか認めていないわけですから、「減耗状況」が生まれるような状況は、活動を中止して撤収すべき事態にほかならないからです。
次に、「地元の宗教・社会・文化の観点から特に反感を持たれるおそれがある隊員の日常の行動」も報道を控える事柄とされています。たまたま食事の様子を記事や映像にしたら、豚肉入りの料理だったら報道を控えるということでしょうか。さらに、「部隊及び隊員の…士気その他無形の要素」の低下を惹起しているケース。これは、任務への疑問を感じている隊員に取材したが、これを報道すると士気が下がるので控えようというわけでしょうか。「その他無形の要素」という抽象的表現には歯止めがありません。
そもそも自衛隊のイラク派遣については、依然として国民の間で大きく評価は分かれています。これと関連して、今週注目すべき発言も出てきました。9 日付『東京新聞』一面トップに、イラクの大量破壊兵器の査察を行った責任者であるブリックス前・国連監視検証査察委員長のインタビューが載りました。ブリックス氏は、ブッシュ政権のイラク攻撃は国際法上正当化できないこと、「フセインは近隣諸国から脅威とみなされなかったし、世界の脅威でもなかった」と発言しています。にもかかわらず戦争を始めたのはブッシュ政権です。イラクに行ってしまった以上は「安全確保」が大事だというので、安易な報道自粛につながらないよう、自衛隊派遣の根本を問い続けることは、報道機関としての重要な責務であると思います。問題が起きたときに協議するという確認があるから、将来的な修正の余地を残せたと『朝日』の局長補佐と書きます。この「ルール」が報道側の過度な遠慮や自粛につながらないことを期待したいと思います。
3.神戸連続児童殺傷事件の元少年「仮退院」
さて、今週注目したいもう一つの事件は、神戸連続児童殺傷事件の「加害元少年」が医療少年院を「仮退院」したことについての報道の仕方です。各紙とも第一報は10日付夕刊。関東地方更生保護委員会がこの日午前に決定を公表してから、各紙夕刊一面の紙面作りは朝毎読の三大紙で対照的でした。『読売新聞』が最も大きな扱いで、一面トップ。男性がいた医療少年院の航空写真をカラーで一面ハラにおきました。見出しは「神戸連続児童殺傷:加害元少年が仮退院」。これに対して『朝日新聞』は一面カタに「神戸連続児童殺傷事件の男性、少年院を退院」という4段見出しで、比較的地味でした。そして、「社会迎え入れ、焦点に」という比較的長めの署名入り解説記事を付けました。『毎日新聞』の1面が最も控えめ。見出しは「当時14歳の男性仮退院」。具体的な内容は第1、第2社会面の記事にゆずり、1面では「おことわり」と題する「ですます」調の説明を置きました。「おことわり」というのは誘拐事件の報道協定解除の際に使われる手法で、『毎日』は社内の議論を重ねた結果報道に踏み切ったと説明。専門家のコメントでつなげています。三大紙と『産経新聞』『東京新聞』、『神戸新聞』『佐賀新聞』などの地方紙の11日付社説を読みましたが、おおむね仮退院の事実の公表には肯定的評価で一致しています。そして、少年の更生を静かに見守ろうという論調です。被害者感情への配慮や、被害者への情報開示が進むなか、他方で、『読売』11日付には、「更生の成果が認められて仮退院した当日に公表することに何の意味があるのか」という少年問題専門弁護士のコメントも出ていました。「少年法の理念に照らせば、被害者はともかく、あえて知る必要のない人まで知らせることは許されない」「公表された時点で匿名性が薄らぎ…社会復帰は難しくなる」「公表についてのルールがない現状では、たとえ世論の批判を浴びても公表すべきではない」という沢登俊雄教授のコメント(『東京新聞』11日付)は注目されます。
『毎日』11日付「少年はどう更生したか」は、少年院内で、医療系と教育系のスタッフで特別処遇チームを編成して、罪を償う意識や生命を尊重する心を育て、社会復帰のための適応力をつけるための特別矯正プログラム(G3)を6年の長期にわたって実施したことを詳しく伝えています。被害児童の親御さんの談話にも、加害男性に贖罪意識が芽生えることへの思いが記されています。更生という場合、こうした贖罪が重要だという点は、各紙社説も共通して指摘しています。他方、『朝日』11日「時時刻刻」は、この加害男性の更生と社会復帰を妨げる事情も指摘します。インターネットの掲示板「2ちゃんねる」には、加害男性の氏名や事件当時の写真などを含む書き込みが行われ、法務省が掲示板開設者に削除を依頼したそうです。殺伐とした事件でしたが、それに対する短絡的な対応もまた、殺伐とした風景を加速するだけです。
そうしたなか、男性の審判を担当した神戸家裁の井垣判事が寄せたメッセージは心を打ちます。「仮退院後の君の人生をマラソンにたとえると、山あり谷ありの『いばらのコース』で、距離も60キロはありそうな超難関な道です。…君の場合、力走する姿・かたちそのものが、淳君、彩花ちゃんたちをはじめ、ご遺族や社会に対する償いの道でもなければならないことです。君が一生走りつづける姿を、これから生まれる子も含めて何千万人もの子どもたちやその親が見つめています。…私も必ず練習風景を見に行きます。来年からの本コースを君が走り始めて間もなく、私も定年で退官します。60キロは無理でも三分の一くらいは、付かず離れず伴走したいと思っています。20年ほどたったころ、実際に一緒に走れたらいいなとも思います。君が本当に地道な努力を積み上げていけば、きっと社会もそれに応えてくれます。そのことだけは固く信じてください」。これを報じた『東京新聞』11日付の見出しは「償いの道、力走を。私も伴走したい」。『朝日』10日付夕刊の見出しは「地道な努力、しっかり覚悟を」。『読売』同は「何千万人が君を見ている」でした。今日はこのへんで失礼します。※放送時間の都合で、実際は冒頭部分をかなり簡略化しました。