1.入国審査と指紋・顔認証
今週も、いわゆる「新テロ特措法案」や防衛専門商社・山田洋行をめぐる疑惑問題などが、新聞各紙の一面で扱われました。薬害C型肝炎や年金記録の問題など、ほかにも重要な問題はたくさんありますが、今回は、あまり注目されていない三つの問題にしぼってお話したいと思います。
まず、今週、日本の入国審査制度が大きく変わりました。昨年5月に出入国管理及び難民認定法が改正されて(公布2006年5月24日、法律第43号)、今週火曜日(11月20日)にこれが施行されました。日本に入国しようとする外国人は、入国審査の際、指紋採取と顔写真撮影が義務化されました。その対象から外されたのは、五つのタイプの人々。まずは在日韓国・朝鮮の特別永住者、16歳未満の者、外交官特権を持つ者、国の行政機関が招いた外国人、これら二者に準ずる者です(同法6条3項)。対象者は年間約700万人。永住資格を持つ一般永住者や日本人と結婚した外国人も、一端海外に出て日本に戻るときは、この制度の適用を受けます。20日が初日で、全国27の空港と126港で一斉に実施されたわけです。新聞各紙の当日夕刊は、一斉にこれを報じました。『毎日新聞』は一面トップ、カラー写真付きです。『朝日新聞』同は「入国審査に長い列」「『犯罪者扱い』批判も」「テロ防ぐにはいい制度」「日本のイメージ悪化」といった見出しで、初日の風景を描写していました。この日、5人が「ブラックリスト」でひっかかり、1人が強制送還、4人が退去命令になったようです(『読売新聞』21日付)。
当日の各紙朝刊は、制度発足にあわせた大きめの解説記事を載せました。『読売新聞』20日付の「スキャナー」欄と『東京新聞』同の「核心」欄が対照的な扱いでした。まず『読売』は、「通過0.001%」の小見出しで、ブラックリストに指紋が載った人物がこの指紋認証システム[J-VIS] を通過できる確立は0.001%だという試算を紹介。「指名手配者・強制退去者5秒で探知」とか、先日「友だちの友だちはアルカーイダ」と発言した鳩山邦夫法務大臣が、前日に入国審査現場を視察して指紋認証を実体験する写真も掲載。「アルカーイダ関係者が過去に何人も入国している」からというトーンで、この制度の効用やメリットを強調する紙面構成になっていました。
これに対して、『東京新聞』の「核心」欄は、「テロ防止効果、米では疑問符」という見出しで、「9.11同時テロ」後に日本が二番目に導入したことに触れながら、指紋が究極の生体情報であり、「プライバシーを侵害し、共生の時代に逆行する危険な制度」という危惧を表明。「このシステムでテロリストが捕まったという情報はない」という米国内の批判も紹介しています。
実際、新たに採取される指紋は、過去の強制退去者の指紋データ約80万件や、指名手配者情報、国際刑事警察機構の約1万4000件の情報などをもとにした「ブラックリスト」と照合され、問題の人物をあぶりだすわけです。同紙解説によると、米国でも運用上の不備が相次いでいるそうで、例えば、「情報〔自体〕のセキュリティが不十分で、指紋を含む個人情報が外部から改変されたり、コピーされる恐れがある」(米政府監査院)という指摘もあり、またこの制度を実施して3年たつが、「テロリストが捕まったという情報はない。…テロと無関係の市民が監視リストに載ったり、空港の保安検査場で呼び止められる事態が起きている」(米国自由人権協会)という指摘を紹介しています。特に、情報漏れの危険については、『毎日』20日付の「クローズアップ」欄でも言及され、先に実施した米国では、会計検査院が「生体情報の流出や悪用の危険性がある」と指摘していることなどを紹介。入国審査で得られた「監視リスト」の38%が不正確だったりするなどの問題があったという司法省監察官報告書について言及しています。法務省は、「リピーター」(強制退去者の再入国)を水際でチェックできるとメリットを強調しますが、日本には、この制度についての法的チェック体制がないため、米国以上に問題は深刻とされています。
最近は、現金自動支払機(ATM)でも指紋認証が用いられたり、指紋認証式のドアロックシステムもあります。指紋や声、顔、静脈など、人間の生体情報を本人確認手段とする手法はかなり発達してきましたが、これを入国審査に応用することについて、どれだけの議論があったのでしょうか。2005年5月に法律改正が行われるとき、国会で十分議論がされたのか記憶にありません。メディアの注目度も低かったと思います。今回、『読売』19日付が肯定的な社説を出しましたが、地方紙の何紙かはこの問題で批判的な社説を出しています。例えば、『愛媛新聞』は20日付で、「新たな外国人差別にならないか」と題する社説で、「〔この〕制度は外国人をテロリストの疑いがあるとみるようなものだ。しかも指紋情報などは出国後も保存する。その期間を法務省は『当分の間』として明確にしていない。真の目的は外国人を管理し、犯罪捜査に活用するシステムをつくること、と思えてならない。…テロ防止を名目にした監視社会は願い下げにしたい」と書いています。
また、『信濃毎日新聞』21日付社説は、昨年3月に改正法案が閣議決定される時、当時の杉浦正健法務大臣が「〔人権上の〕問題がないわけではない」と語ったが、「国会審議でその点を十分論議すべきだったのに、改正法は国民の広い関心を引かないまま成立した」と批判しています。
外国に着いたとき、まず入国審査がその国の第一イメージになります。私自身の経験からも、長い列、長時間待たされた国や、逆に入国審査官のちょっとした笑顔でホッとした国など、入国の第一印象は馬鹿になりません。どこの国でも、不法入国を水際でキャッチしたいという入国管理側の論理がありますが、「テロとの戦い」で暴走した米国に続いて、こんなにも早く導入する必要があったのでしょうか。小泉内閣末期に十分な議論もなく行われた法律改正。今後、再度議論をして見直す必要があるでしょう。
2.クラスター爆弾禁止条約への道
さて、皆さんはクラスター爆弾というものをご存じでしょうか。空中でケースが破裂して、数百個の子爆弾が地上にばらまかれ、そのうち5%から40%が不発弾となり、戦争が終わってからも農民や子どもたちを殺傷する爆弾です。通
『毎日新聞』19日付は一面トップと連動して「クラスター爆弾禁止条約賛成、今でも遅くない」という社説を打ち、この条約案に米国とともに抵抗している日本政府に向けて、条約案に賛成するように求めています。航空自衛隊は、不発弾率の高い旧式クラスター爆弾を保有しており、日本が「オスロ・プロセス」に参加すればこれを廃棄する必要が出てきます。対人地雷を全廃した日本は、クラスター爆弾は保有していますが、これを率先して廃棄して、アフガニスタンのクラスター爆弾の不発弾除去のためのお金や技術を提供することの方が、インド洋上での給油活動よりもはるかに現地の民衆に感謝される「国際貢献」になるでしょう。『毎日新聞』社説は、「軍縮の各分野で世界をリードしてきた日本が条約作りに加われば、その影響力は大きい。今からでも遅くはない」と書いています。
常兵器ですが、非戦闘員が被害を受けやすい非人道兵器として、国際的に禁止する動きがあります。ノルウェーがオスロでこれを禁止する国際会議を呼びかけたので「オスロ・プロセス」といいます。ノルウェーなどの政府とNGOが共同で「クラスター爆弾禁止条約」を目指しています。毎日新聞記者が、この条約案を議長国のオーストリアから入手し、『毎日新聞』19日付一面トップでこれを報じました。この問題では『毎日新聞』が熱心に報道してきたので、その流れのなかでのスクープといえます。条約案は全22カ条からなり、クラスター爆弾の使用・開発・備蓄・輸出入の禁止だけでなく、この爆弾を他国領内で使用した国は不発弾を除去する責任があると明記しています。アフニスガン戦争での米国、コソホ紛争で旧ユーゴ(セルビア)空爆を行ったNATO諸国、第2次レバノン戦争でのイスラエルなどが対象になります。すでに世界83カ国が参加しており、来年11月までに条約が調印される可能性も高いとされています。
思えば、1997年の対人地雷禁止条約については、亡くなった小渕恵三首相(当時)の決断が決定的でした。2003年2月まで、3年をかけて100万個の対人地雷をすべてを廃棄して、日本は「対人地雷全廃国」になりました。小渕首相の決断がなければ、ここまで早く実現できなかったでしょう。社説がいうように、「今からでも遅くはありません」。福田首相が「オスロ・プロセス」に参加する方向に踏み出すべきでしょう。
3.「モラルを問う」企画のこと
最後に、『読売新聞』が断続的に掲載している「モラルを問う」という企画ものについて。同紙21日付は第一社会面トップ、「優先席での携帯電源オフを守っていますか」という記事です。記者がペースメーカーの女性に同行して電車に乗り、医療機器への影響を防ぐための車内マナーがないがしろにされている実態を浮き彫りにしていきます。記者は、山手線の外回り、内回りを一周してみて、11両すべての優先席付近の状況を観察。電源オフを求められている優先席で携帯を使っていた人は102人。うち9人は通話していたと書いています。優先席に座って通話5分。浜松町駅から乗り込んできた、マナー三重違反の男性も。
7年ほど前、私は、ある雑誌の対談で、相手の方がいつまで待っても来ない。編集長が電話をすると、心臓病でペースメーカーを入れておられた方だったのですが、こちらに来る途中の混雑した電車のなかで、間近で携帯を使われてペースメーカーが誤作動をおこし、具合が悪くなってそのまま帰宅したということでした。携帯電話の「罪深さ」を思います。大変便利なもので、生活の上で必需品になっていますが、携帯電話各社の、便利機能「売りっぱなし」でない責任を含め、さまざまな工夫が必要でしょう。
なお、22日付は「電車の床に『座る』『ふさぐ』『遊ぶ』」で、中高校生の電車マナーのひどさについて問題にしています。『読売』の企画は、日常的なテーマを面白い切り口でとりあげていますが、憲法的見地からは「公益及び公の秩序」〔自民党新憲法草案〕のみを過度に押し出し、上から市民に「道徳」を説く方向に行き過ぎないように注意しながら読むことも必要でしょう。今日はこのへんで失礼します。