1.海賊対処法案が衆院通過
1月31日のこの時間で、ソマリア「海賊」対策で海上警備行動(自衛隊法82条)を発令して護衛艦を派遣する問題について、新聞各紙の論調を紹介しました。一昨日、4月23日、「海賊対処新法」が衆議院を通過しました。私は21日(火曜)に、衆議院の海賊・テロ特別委員会に参考人として呼ばれ、この法案についての意見を述べてきました。今週、各紙とも社説でこの法案の問題点を指摘していました。例えば、『信濃毎日新聞』23日付社説は、「法案は、見切り発車ともいえる自衛隊の派遣に法的根拠を与える狙いがある」として、海賊対処は原則として海上保安庁が担い、自衛隊が対応するのは「特別の必要」がある場合に限られるのに、「海保は建前で、自衛隊に任せる」方向が進んでいることに危惧を表明し、「『想定外』『不測の事態』は新法ができても起こり得る。政府は自衛隊派遣ありきの姿勢を改めるべきだ」と述べて、修正を含む徹底した国会審議を要求しています。私も参考人として、法的な問題点を5 点に渡り指摘し、慎重審議を求めましたが、その翌々日に法案は本会議を通過したわけです。参議院で否決、衆議院での3 分の2 再可決を読み込んだ議会運営で、国会審議にいささか虚しさを感じました。
かつて「憲政の神様」と呼ばれた尾崎行雄(咢堂)は、「元来議会なるものは、言論を戦わし、事実と道理の有無を対照し、正邪曲道の区別を明らかに」するところと述べ、表決で多数を得れば満足する傾向を戒めつつ、「〔国会〕議事堂とは名ばかりで、実は表決堂である」と批判しています(『憲政の危機』)。89年前の文章ですが、今のことのように響きます。
2.臓器移植法の改正
さて、私が海賊法案の審議に関わった当日、臓器移植法改正に向けて動きがありました。新聞各紙は1面、2面解説、社説で大きくこれを扱いました。特に10年ぶりに行われた臓器移植法をめぐる参考人質疑は、『朝日新聞』21日付夕刊第1 社会面トップで、参考人の意見を詳しく紹介しました。現行法では、本人の同意がある場合にのみ、脳死状態での臓器提供が認められますが、新しい案では、判定基準の厳格化をはかった上で、家族の同意のみで脳死を「人の死」とすることができるようになります。また、現行法が15歳未満の臓器提供を禁止しているのを、改正案では、年齢制限をなくし、0歳からでも臓器移植が可能となります。
脳死を「人の死」とするかをめぐっては、この法律が制定された当時も大きな議論になりました。偶然ですが、12年前の1997年4月26日のこの番組で、私は「臓器移植法案の衆議院通過」について語りました。脳死を「人の死」とする法案が衆院で通りましたが、参院では脳死を「人の死」としない法案が提案されました。衆参でねじれ、与党内でも意見が分かれ、世論も二分されました。「人の死」を法律で決めることは、大変むずかしい問題です。今回の改正では、子どもからの移植も可能にする点が大きな特徴です。15歳を12歳に引き下げる案があるなか、与党は0 歳からでも可能にする案で調整中です。ただ、『朝日』20日付によると、年齢制限を外すことには、日本小児科学会が、子どもの脳死判定の難しさなどから慎重論をとっているといいます。
ところで、『読売新聞』22日付によると、国会での臓器移植法審議が急がれている背景には、来月18日に、世界保健機構(WHO)が自国外での臓器移植を自粛する新たな指針を採択することがあるようです。これに加えて、『朝日』24日付「時時刻刻」によると、法案早期成立を、自らが臓器移植の経験者でもあり、今期限りで政界を引退する河野衆議院議長への「はなむけ」としたいという与党内の事情があるようです。この記事の見出しは、「移植法改正 走る国会」です。党議拘束を外して採決を急ぐ。参議院が否決すれば、またも3分の2の再可決。「人の死」を法的にどのようにするかは厳粛な問題です。「走る国会」という表現がされる現状に、何ともいえない違和感を覚えました。
2.和歌山カレー事件最高裁判決と裁判員制度
最後に、21日の和歌山カレー事件最高裁判決について。この判決を言い渡した第三小法廷は、1週間前の14日、東京の痴漢事件で、検察の立証に合理的な疑いがあるときは無罪を言い渡すという原則を適用し、逆転無罪判決を言い渡しました。『愛媛新聞』22日付社説は、直接証拠がない、動機も不明なままの事件での死刑判決には「わだかまりが残る」として、「刑事裁判の『疑わしきは被告人の利益に』という基本原則からすれば疑問がぬぐえない」「冤罪の可能性を完全に否定しきれない危うさも残る」とまで指摘し、また、『北海道新聞』社説も「なお不透明感は残る」、『東京新聞』社説は「釈然とせぬ動機未解明」としています。
今回注目されるのは、各紙ともの22日付が総合面を使い、「一審、裁判員制度だったら?」(『朝日』22日付)あるいは「裁判員制度で審理迅速化 立証に課題』」(『毎日新聞』)という形で、裁判員制度発足と関連づけた検証記事が目立ったことです。
実際、カレー事件一審の公判回数は95回。判決まで3年7カ月かかり、検察が提出した証拠は1154件、証人はのべ171人にのぼります。『読売』は、「裁判員で審理すれば、公判回数は20回を超す」、特に公判前整理手続で、「簡潔で効率のよい証人尋問が裁判員の負担軽減のカギだ。特に尋問内容の重複は避けるべきだ」という裁判官の声を紹介しています。他方、『中国新聞』23日付社説は、「迅速化を重視するあまり、真相解明が十分に果たせなくなっても困る。広島市の『あいりちゃん事件』で、公判前整理手続などに不十分な点があったとして、地裁に差し戻されたことも記憶に新しい」として、迅速化・効率化に懸念を表明しています。重要な指摘だと思います。
この事件では、川崎英明関西学院大教授の『読売』22日付のコメント、「偶発的か、確定的殺意があったのかもわからず、量刑には議論の余地があると感じる。刑事事件では、世論は有罪の予断を持つ傾向があり、被告人の一審での黙秘で、『悪いことをしていないなら正直に語るべきだ』と考える人も多かっただろう。無罪推定の原則や、黙秘権の意義などを定着させなければならないと思った」、が印象に残りました。各紙検証記事でも、裁判員の負担ばかりが心配されていましたが、刑事事件では、被告人の無罪推定原則がきわめて重要です。迅速化や裁判員の負担軽減が、この原則を揺るがせないかどうか。司法への「市民参加」も、被告人の権利保障を前提としたものでなければなりません。本件のように、被告人が最後まで無罪を主張するようなケースの場合、裁判員制度ではどうなるのかなど、この判決が投げかける問題は大変重いと言えるでしょう。