1.「ニュースペーパー」を読んで
前回担当してから3カ月あまり、新聞は、「政治とカネ」をめぐる問題、鳩山内閣のさまざまな政策の変転を連日のように伝えています。一方、インターネットには断片的な情報や言説が瞬時に飛び交い、人々は朝刊や夕刊が配達される前に、新聞のサイトでその内容を知っているということもしばしばです。紙に印刷された新聞(ニュースペーパー)の読者は減少の一途をたどり、私が教えている学生たちも例外ではありません。鳩山首相まで始めた「ツイッター」というわずか140字の「つぶやきの世界」。『東京新聞』2月3日付は「手軽なだけに、容易に情報操作ができる危うさを秘めている」として、「ツイッターと政治」に疑問符をつける特集記事を掲載しました。私は、インターネットは適切に活用しつつも、紙の新聞もじっくり読み、関心のある記事の切り抜きを行うよう学生たちに勧めています。でも、実行する人は年々減っています。私はこのコーナーを担当するにあたり、地方新聞についても可能な限り、ファックスやPDFファイルで送ってもらい、見出しの大きさや紙面のレイアウト、配列までチェックしています。ニュースペーパーの「紙」の手ざわりや感触は、人間の冷静な思考にとって大切だと考えるからです。速報性と断片性の極致とも言うべき世界に飲み込まれることなく、時には立ち止まって考えることも必要ではないでしょうか。
2.ハイチPKOに中央即応連隊(CRR)派遣
さて、今週、中米のハイチでの国連平和維持活動(PKO)の「ハイチ安定化派遣団」に参加する陸上自衛隊の部隊350人の派遣が始まりました。新聞各紙はおおむね好意的で、全国紙で今週社説を出した『日本経済新聞』6日付と『読売新聞』7日付は「ハイチだけでなく」「自衛隊の活動の幅を広げよ」と、PKO五原則の見直しや武器使用基準の緩和を求めています。しかし、この派遣のあり方には疑問も出ています。『朝日新聞』7日付解説記事は、ハイチPKOは、紛争当事者の特定が困難な内戦や、破綻国家の再建などにあたる「第四世代のPKO」で、日本が参加したことがないタイプであること、PKO五原則は、停戦合意と紛争当事者の受け入れ同意が必要だが、今回は、PKO協力法の但し書に基づき、「活動が行われている国の同意」だけで出したことなどに対して批判的なトーンです。日本政府は、武力紛争を「国または国に準ずる組織による計画的な武力行使」と限定的に解釈した上で、現地の反政府武装勢力はこれにあたらないから、現地に紛争は発生していないとしています。
『東京新聞』10日付特集記事は「なぜ災害にPKOなのか」と疑問を投げかけながら、「政府と反政府勢力との間に和平合意はなく、反政府勢力がPKO部隊の受け入れに同意しているわけでもない。五原則を超える事例(だ)」というコメントや、「土木作業ならゼネコン〔の派遣〕でもいい。今回の派遣は自衛隊のためのPKOに見える」という現地を視察した民主党議員の声を紹介しています。
実際、派遣部隊の中心は、栃木県宇都宮市に駐屯する中央即応連隊(CRR)という、海外派遣専門部隊です。『下野新聞』2月6日付の2面記事によれば、栃木県出身の隊員は7人だけです。この部隊はレンジャー徽章をもつ精鋭を全国から集めた陸自最強の戦闘部隊です。『下野新聞』6日付は、「海外における『武力行使』に向けた実動演習を兼ねた派遣ではないのか。…将来的にアフガンに陸自を派遣する流れができるのではないか。海外への緊急展開部隊として、地震のドサクサ紛れに派遣するのは、米国の戦略に乗せられてしまう危険性をはらむ」という私のコメントも載せています。
ところで、連立を組む社民党もすぐに賛成して派遣が決まったことに関連して、中谷元・元防衛庁長官は、「こういう問題は自民党が野党の方が進む」、自衛隊海外派遣恒久法制定の好機だとして、今国会に法案を提出する予定であることを、『読売新聞』12日付は伝えています。
今回のハイチPKOについては、インターネットのドイツのページでは、地震に便乗して、欧米、特に米国による「ハイチの再植民地化」が進んでいるとの批判が出ています。実際、米軍(第82空挺師団など)が首都ポルトープランスの空港や港を完全に統制して、各国の援助団体の活動に支障が出ているとも言われ、米国による「1915年以来4回目のハイチ侵略」という厳しい批判もあります(http://www.imi-online.de)。すぐにPKO協力法見直しや恒久法の議論に進むのではなく、日本は、人道援助や医療支援を軸とした活動に本格的に取り組むべきでしょう。
なお、福島県の地元紙『福島民友』は、11日付第3社会面で、陸上自衛隊の第44普通科連隊長が、10日に宮城県の王城寺原演習場で行われた日米共同訓練の開始式での挨拶のなかで、「同盟というものは、外交や政治的な美辞麗句で維持されるものではなく、ましてや『信頼してくれ』などという言葉だけで維持されるものではない」と述べたことを、他紙より大きな見出しで伝えています(『朝日新聞』11日付は第1社会面の囲み)。昨年11月に鳩山首相がオバマ大統領に対して“Trust me”(信頼して)と発言したことをあてこすったものではないか。陸幕広報室はこれを否定していますが、首相発言を念頭に置かなければ出てこない言葉の勢いがあります。政権交代の前後で何が変わったのかという点で言えば、前政権よりも自衛隊の海外活動の敷居が低くなったことは確かでしょう。
3.オーケストラと子どもたち
最後はちょっと夢のある話。小学生に「将来、何になりたい?」と聞くと、「サッカー選手」「野球選手」「ケーキ屋さん」「幼稚園の先生」が定盤。でも、福島県南相馬市の二つの小学校では最近、「指揮者」「演奏家」という答えが交じるようになりました。『福島民報』2月11日付の一面コラム「あぶくま抄」によると、この小学校では、昨年6月から仙台フィルハーモニー管弦楽団とワークショップを続けていて、指揮者に合唱指導を受けたり、木管五重奏の伴奏で歌ったり、ストローを使ってトランペットの吹き方を学ぶなどの体験を重ねているそうです。
コラムは、臨床心理学者の故・河合隼雄さんの言葉、「ひとりひとりの子どものなかに宇宙がある。…それは無限の広がりと深さをもって存在している」(岩波新書『子どもの宇宙』)を引用しながら、こう続けます。「子どもには無限の可能性がある。ただ、気付きの機会がなければ、自分の宇宙の広がりと深さを知らないまま大人になってしまう」と。今週木曜、私は講演で福島市に滞在しましたが、同じ時間帯、南相馬市民会館ではこの仙台フィルと子どもたちのコンサートが開かれていたのです。『福島民報』コラムは、「プロとつくるステージで、〔子どもたちは〕どんな宇宙を見つけるのだろう」と結んでいます。私は学生オーケストラの会長をしていますので、音楽を通じた出会いとその無限の可能性をいつも実感します。教育の貧困や子どもたちの夢を奪う話ばかりが新聞をにぎわせている昨今、たまたま滞在した福島の地元紙で知った夢のある話で締めてみました。今日はこのへんで失礼します。