内閣総理大臣が欠けたとき 2000年4月10日

日から日本での直言を再開する。昨年、成田空港からドイツに向けて飛び立った直後に 「不審船」に対する海上警備行動が発令され、ケルン・ボン空港に着いた数時間後に NATO空爆が始まった。31日に帰国し、成田から家に向かう途中、有珠山が噴火した。札幌時代の教え子が虻田町に住んでいる。気をもみながら、時差ボケ状態で2日が過ぎた。すると今度は「小渕首相が緊急入院」ときた。かくして、私の日本での生活は「激震」のなかで始まった。
  小渕恵三首相の入院は2日午前1時頃。それが公表されたのは22時間後だった。情報は青木幹雄官房長官の記者会見のみ。青木長官 は小渕首相から直接、口頭で総理大臣臨時代理に指名されたというが、そのやりとりを確認す る第三者の証言はない。4日夕方の段階で、青木長官は、「首相は脳梗塞による脳障害のため、質問を理解したり、自分の意思を表明することは当分の間、困難と判断せざるを得 ない」との医師団の診断結果を明らかにした(『読売』5日付)。そして、4日夜に 小渕内閣は総辞職した。

  ところで、内閣が総辞職するのは、衆議院で不信任決議案が可決され 、または信任決議案が否決されて、10日以内に衆議院の解散が行われない場合である (憲法69条)。それと、衆議院総選挙後に最初の国会(いわゆる特別国会)が召集された とき (70条)。そして、今回焦点となった「内閣総理大臣が欠けたとき」である(同)。 「欠けた」とは総理大臣が実質的にいなくなる状態を指す。端的な例は死亡の場合であ る。総理大臣が外国に亡命してしまった場合もこれにあたる。総理大臣が議院での懲罰除名 によって、あるいは選挙の当選訴訟や資格訴訟の結果、国会議員としての地位を失った場合も 、総理大臣の地位を失うと解されるから(67条1項)、「欠けたとき」として総辞職 に連動する。総理大臣が自ら辞職した場合も「欠けたとき」にあたると見てよいだろう (学説上争いあり)。総理大臣が搭乗する政府専用機が消息不明になったケースはどうか。これは死亡が確認されないうちは、まだ「欠けたとき」にはあたらない。総理大臣がテロで重傷を負ったり、病気で入院した場合も同様。これらは、「内閣総理大臣に事故のあるとき 」に該当し、総辞職には連動せず、総理大臣臨時代理が置かれることになる(内閣法9条)。

  青木長官によると、小渕首相は青木氏を臨時代理に指名してから昏睡状態に陥ったら しい。小渕内閣は副総理を置かなかったので、臨時代理は首相自らが指名する必要が ある。だが、当初から意識不明という可能性も否定できず、青木氏の説明を額面通り受け取ることは困難だ。医師団も直接マスコミに語っていない。すべて「官房」のなかからの声である。イギリスのメディアは、「クレムリン並みの密室性」と伝えた。青木氏は「首相が意識不明で、近い将来に回復の見込みのないような場合には、憲法70条のいう『内閣総理大臣が欠けたとき』にあたる」という解釈を示した。1964年秋の池田首相入院の際の政府見解(林修三法制局長官)を参考にしたようだ。だが、病名や「回復見込みがない」 という点の判断を含め、やはり国民が納得できる客観的裏付けがほしい。小渕氏の場合、内閣発足当初から、「首脳」としての「政治的脳死判定」が下っていたとはいえ。いずれにせよ、90年代に「内閣総理大臣の権限強化」が盛んに言われたが、今回その危なさが別の面からも浮き彫りにされたと言えるだろう。

付記:更新直前に入ったニュース(毎日新聞 4/10)によると、「青木長官は、〔小渕〕前首相から『事前指定』という明確な指示は受けていなかった」とのことである。

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