いま、そこで作られる危機 2003年3月3日
「サダム・フセインが武装解除しないのであれば、米国が武装解除するまでだ」(You disarm, or we will.) 。2002年10月5日、ニューハンプシャー州で開かれたレセプションで米国大統領ブッシュが吐いた言葉である。「米国がイラクを武装解除させるまでだ」といいたかったのだろうが、少し力みすぎた。信長・秀吉・家康の例えでいけば、秀吉型の「鳴かぬのなら、鳴かせてみせよう、山ホトトギス」というところを、ブッシュは、「鳴かぬのなら、ボクが鳴いちゃう、山ホトトギス」といったに等しい。これは、「ブッシズム」を笑い飛ばす怪著『ブッシュ妄言録』(ペンギン書房)に出てくる「珠玉の迷言」の一つである。薄い唇をキッとつりあげ、薄ら笑いを浮かべ、額の皺の刻みを深くして、一言「ゲームは終わった」とのたまう。ジョークを体現したような人物が、「大量破壊兵器を世界一大量に保有する国」のトップに座っている。これこそが「いま、そこにある危機」だろう。そう考える人々が増えてきた。
3月2日のNHKラジオ第一放送の「新聞を読んで」でも触れたが、英国のある世論調査で、「世界の平和に最も脅威となる人物は?」という問に対する回答は、ブッシュ45%、フセイン45%と同数だったという(『東京新聞』2月24日付)。ドイツの有力週刊誌『シュピーゲル』(Der Spiegel vom 17.2.03) の世論調査によれば、「どの国が世界平和にとって最も危険か」という質問に対して、米国53%、イラク28%、北朝鮮9%という興味深い数字が出ている。多くの人がブッシュ(米国)に対して、「お前が危ないんだよ」といっているわけである。日本政府や一部学者たちがいう、国連決議なしでも米国を支持すべきだという発想が、国際社会の世論からいかにずれているかがわかるだろう。
 さて、迷言・迷走の「世界一危険なバカ」(前掲『ブッシュ妄言録』の帯の言葉)が、何が何でも対イラク戦争を始めようとするなか、2月15日、世界中で大規模な反戦デモが起こった。ロンドンで100万人(ロンドン在住の柳井健一氏撮影)、ベルリンで50万人、ニューヨークで10万人等々、合計「60カ国、1000万人」という(『朝日新聞』2月16日付)。ベトナム戦争時を上回るという評価もある。ベルリンのブランデンブルク門を軸に50万人以上が集まったといえば、「ベルリンの壁」崩壊につながる、1989年11月4日の大デモを彷彿とさせる。伝統的な平和運動では、これだけの人を集められない。インターネットの可能性を示す出来事である。他方、この世界規模の反戦世論の盛り上がりの背後には、さまざまな思惑やねじれ現象が存在することも見逃せない。
 前掲『シュピーゲル』誌の世論調査では、良好な対米関係を求める声は9%にすぎない。「米国は戦後、西ドイツの復興を助け、ワルシャワ条約機構に対抗して自由と民主主義を守ってくれたが、それ故に、米国に感謝する義務が今日もあるか?」という質問に対しても、「ノー」が62%を占める。米国は自国利益だけを追求していると考える人は76%に達する。もともと親米的なドイツでさえ、「将来も米国が重要な同盟国だと思う」という人が8%も減った。ブッシュがイラクに対する先制攻撃を始めれば、この数字はさらに跳ね上がるに違いない。反戦と反米ナショナリズムが共生して、ヨーロッパは、米国からの「離陸」傾向を強めている。米国が国連安保理決議なしで、単独で対イラク攻撃を行えば、ヨーロッパのみならず、世界中でこの傾向がさらに広まるだろう。
 高級週刊紙『ツァイト』は、現在の反戦運動における「ねじれ」を指摘する(Die Zeit,Nr.3 vom 16.1.03)。同紙の図をみていただきたい。ネオナチスと左翼の間では、反米、反イスラエル、親イスラム、反資本主義をめざす点で共通項が生まれている。ブランデンブルク門には、ネオナチ政党のNPDやDVU、さらには共和党までが参加していた。彼らは、「世界規模での米国の抑圧政策に対する抵抗」「〔ドイツ〕民族仲間はグローバルな西側権力の利益から免れて、自らの運命を自ら決断を下すべきだ」「我々は父親たちがそうであったように自由でありたい」「アメ公(Amis)は我々を第三次世界大戦に引きずり込むのか」といったスローガンを掲げた。これを報道したのは、旧東独政権党系の民主社会主義党(PDS) の新聞である(Neuesdeutschland vom 19.2.03)。極右勢力と左翼勢力が50万人集会・デモのなかで「共存」していたことに注意すべきだろう。他方、左翼勢力は、反米・反シオニズムの方向と、ナチの残虐さを糾弾する反ホロコースト(反イスラム)と親イスラエルの方向とに分裂した。左翼の一部は、ナチスのユダヤ人虐殺に反発するあまり、そのユダヤ人がつくったイスラエルを防衛することは、ドイツ人の道徳的義務であるとさえいう。イスラエル防衛の必要を、ドイツユダヤ人協会の幹部も公然と口にし、ブッシュの対イラク戦争を支持する。だが、ヒトラーからの解放の「恩」を大上段にふりかぶり、米国支持に強引にもっていく態度は非歴史的だろう。
  2.15デモを契機に、例えば、イタリアでは米軍基地への輸送コンテナー搬入に対して座り込み阻止の運動が起こっているし、ドイツでもライン・マイン米軍基地からイラク攻撃に飛び立てないように、非暴力の多様な抵抗が準備されている(die taz vom 22.2.) 。トルコ国会は2 日、対イラク戦争のための米軍駐留を認める政府提案を否決した。
こうした流れのなかにあって、日本政府の姿勢は、何とも自主性のない、惰性的な国際関係の継続・維持しか頭にないようにみえる。いわゆる「日米同盟」=日米安保体制の維持のために、無条件で「ブッシュの戦争」を支持するのは、とうの日米安保条約にも違反していることを知るべきであろう。安保条約1 条にはこうある。
 「締約国〔日米〕は、国際連合憲章の定めるところに従い、それぞれが関係することのある国際紛争を平和的手段によつて国際の平和及び安全並びに正義を危うくしないように解決し、並びにそれぞれの国際関係において、武力による威嚇又は武力の行使を、いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも、また、国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎むことを約束する。締約国は、他の平和愛好国と協同して、国際の平和及び安全を維持する国際連合の任務が一層効果的に遂行されるように国際連合を強化することに努力する」。
 この文章を素直に読めば、ブッシュ政権が、フセイン政権転覆を目的として軍事行動を起こせば、それが安保条約1条に違反することは明らかだろう。米国の対イラク単独攻撃を支持することは、まさに「国際連合の目的と両立しない」し、それは国際連合の弱化につながるだろう。安保条約6 条で「極東における国際の平和と安全の維持に寄与」するために基地を提供しているのだから、目的違反を理由に、沖縄や本土の在日米軍基地から航空機や艦船がイラクに向かうことを拒否することもできる。いま、「国際の平和及び安全」を脅かす危機はワシントンで作られている。「いま、そこで作られる危機」を見抜く目が求められている。そのための第一歩が、対イラク攻撃の阻止だろう。