エジプト・テロ事件の報道について 1997/11/20
エジプト南部の観光地ルクソールで、日本人10人を含む観光客60人近くがイスラム原理主義武装グループにより殺害された。観光が国家事業というエジプトでは、観光客を減らすことが体制への直接的ダメージとなる。そんな「戦略」のもと、観光客の直接殺害という方法がとられた。この発想に立てば、先進国の観光客は最高の獲物ということになる。これはもはや民間人が「巻き込まれた」テロ事件などではなく、「観光客減少を狙った戦争」である。そんな「戦場」にまったく無警戒に入り込んでしまったわけだ。だが、事件直後の各国政府の対応とメディアの報道の仕方は対照的だった。犠牲者30人以上出したスイスと、5
人のドイツはすぐに外相が動き、エジプト政府に直接対策を要求。スイスの新聞もその事実を報道している(http://www.tages-anzeiger.ch/)
。ドイツの新聞も同様(http://www.welt.de/) 。イギリスBBC のキャスターは、再びテロ事件が起きたというトーンで、淡々と伝えていたのが印象的だった。それに比して、日本では首相が一般的なコメントを出し、外務省中東局長がエジプト大使を呼びつけた程度。マスコミは、新婚カップルが
4組含まれていたことから、ストーリー性抜群とばかり、結婚式写真を載せることを競う。『朝日』18付夕刊が 4組すべての結婚式写真を載せ、『読売』3 組、『毎日』『東京』1
組に対して「完勝」。だが、これではワイドショーのお涙頂戴路線の先取りだ。社会面で真先に追求されるべき問題はほかにある。外務省はこの地域の危険性を警告していたというが、旅行社のパンフには何の説明もない。毎年1500万人の観光客が世界のどこかに出かける。観光客狙いのテロがある地域の情報をきちんと伝え、旅行社の側もそれを受けた対策を講ずること。旅行者個人が、「海外」に出る以上、もっと危険への自覚をもつこと(イスラム国で昼間、肌を出して酒をビールを飲みながら歩く女性観光客がいかに危険か)。ヒグマが出る知床奥地に入る旅行者のように、「危険」の性質とそれに応じた回避策をとる努力と自覚が必要だろう(拙著『武力なき平和』序章参照)。なお、この事件では、怒った住民が武装グループを追跡し、彼らは「集団自殺」したという。テロは民衆によって支持されなかった。海外旅行先にはさまざまな「戦場」がある。最大の「防衛」策は、危険に対する適切な情報(そのネットワーク)と、それに基づく有効な危険回避策である。