研究者が戦争に協力するとき 1999/3/15


元に『決戦非常措置ニ連ナルモノ』という分厚い文書綴りがある。これは、戦前の防空法制(『三省堂ぶっくれっと』連載参照)のことを調べる過程で入手した一次資料で、随所に極秘の朱印が押してある。前半は「決勝非常措置要綱」(昭和20年 1月23日閣議決定)などの内閣文書。後半は「科学技術非常動員措置」関連の文書類。いずれも、内閣用箋に孔版または手書きだ。所持していたのは、技術院高官のM氏(極秘印の下に本人印あり)。そのなかに、「科学技術ノ戦力化ニ関スル件」(19年 8月29日・閣議決定)という文書がある。いかにして研究者を戦争に動員するかが色々と検討されている。「極秘・研究動員本部設置要綱」(3 月3 日孔版)もある。「軍官民凡テノ研究ニ関シ一元的企画ヲ樹立シ得ル強力ナル構成タラシムルコト…全研究機関ノ一元的管理統制ヲ掌握シ得ルコト即チ軍官民何レノ研究機関ニ対シテモ必要ニ応ジ其ノ運営内容ニ対スル指揮監督ヲ行ヒ得ルコト。…我国研究ノ動員セラルベキ目標ヲ作戦遂行上直接必要ナルモノノミニ限定シ…研究ノ進行ニ対スル監察ヲ行フコト」。「研究動員」という言葉がすごい。研究者側の事情や、研究内在的な要請などはまったく考慮されていない。ひたすら「作戦遂行上直接必要ナルモノノミ」にしぼられる。この文書綴りのなかには、「技術院機構簡素強化方策(私案)」(20年 3月 8日)という孔版の文書もある。目標は、「血戦下ニ於テ我国科学技術総力ノ結集発揮、敢行スルト共ニ戦力造出ノ根底タルベキ研究ノ動員ヲ愈々強化センガ為」と勇ましい。内容は研究者や技術者に対する国家的統制の一層の強化策だ。科学技術における「竹ヤリ思想」の到達点を示すものといえる。ところで、この種の資料を読むときにいつも感じることは、現実に生活している人間のことが全く考慮されていないことだ。戦争目的と国家への奉仕という一点にすべてが収斂されている。戦争中だから当然といえばそれまでだが、この文書綴りの持ち主は軍人ではない。科学技術分野に造詣が深い官僚である。戦争末期の悲惨な状況のなかでも、淡々とした文章で「最後の決戦」のための「研究動員」態勢がデッサンされている。それがかえって不気味である。内閣という印字のある専用便箋に書かれた鉛筆書き草稿では、大本営が研究者・技術者を統制していく方途が検討されている。結局、この構想が実現する前に戦争は終わった。科学技術が戦争目的に動員されるとき、研究者は戦争遂行のための道具と化す。専門分野のことしか考えない「タコツボ的研究者」は、「研究動員」を行う側からすれば簡単に管理できる。科学技術が戦争目的に使われ、研究者がその方向に「動員」されることのないよう、憲法の平和主義の精神は、科学技術分野でも貫かれなければならない。〔1997年5 月脱稿。掲載先が未刊行のため、一部修正の上ここに掲載する〕