小学館という出版社がある。私も『日本20世紀館』(1999年2月刊)の数項目を担当したので多少の関わりがあるが、ここで出している『サピオ』という雑誌はかなり特異な論調で知られる。今年7月12日号の特集は「日本が空母を持てば」。元海将補の「原子力空母」保有を説く論文を巻頭に、輸送艦「おおすみ」の空母改造構想まで、派手なラインナップである。
いま、なぜ空母なのか。かつてこのHPに届いたメール(匿名・アドレスなし)にこんなのがあった。送り主は主婦で、憲法9条をめぐって父親と対立。「いまの憲法があるから、日本は空母が持てないんだ」と父親が主張したので、その主婦は「切れて、お皿をガチャンとたたいて、口を封じてしまいました」。「わらをもすがる思いでサーチをかけたら、このページにたどり着いたのです」と書いている。この方の父親のように、空母の保有を「日本よ、国家たれ」の基本に据える考え方は少なくない。あれこれの軍艦のなかで、空母の存在は特別である。
米海軍も空母を中心に据えた艦隊編成を行ってきた(空母戦闘群)。海軍力は、シーパワーの実体であり、マハン(米海軍提督)の「海洋戦略」の古典を引くまでもなく、国家の対外的機能の重要な手段であり続けた。局地的な不安定状態が生まれれば、当該地域に一気に介入し、反対世論がたかまる前に直ちに撤退する。この迅速性・機動性・柔軟性が、空母戦闘群や海兵隊の運用思想の基本にある。
だから、日本が空母を保有するということは、米第七艦隊と一体となって、海外権益保護能力や、他国への軍事介入能力(積極的な脅迫の手段)を備えることを意味する。すでに、機動力にすぐれた緊急展開部隊を編成する動きもある。陸自は「平成13年度業務計画案」に、九州・沖縄地方の島嶼部の防衛・警備のための「西部方面普通科連隊」(3個中隊編成660人。各1個小隊はレンジャー部隊)の新編を盛り込んだ。空中機動などで迅速展開し、ゲリラや特殊部隊に対処するというが(『朝雲』11月9日)、呉配備の8900トン級輸送艦LST
「おおすみ」とセットで運用すれば、海外展開能力を持つことになる。「おおすみ」は外見が空母に似ており、ヘリ空母への改装もとりざたされている(前掲・サピオ)。
だが、日本国憲法9条1項は「武力による威嚇」をも禁止している。空母を含む緊急展開部隊を保有して、地域の「安定」をはかるという対外政策の手法そのものが、憲法の平和主義と相いれないものである。しかも、それが実現すれば、政府がこれまでとってきた「専守防衛」との整合的な説明は困難となろう。確かに、日本がすぐに空母を保有できるかと言えば、問題は単純ではない。政府の憲法解釈を見ると、憲法上保有できないものとして「三種の兵器」が具体的に挙げられている。大陸間弾道弾(ICBM)、戦略爆撃機、攻撃型空母である(参院予算委88.4.6防衛庁長官答弁)。だが、もともと空母自体に防衛用と攻撃用の区別はない。今後、空中給油機の導入が一気に進み、さらに大型輸送機(C17など)の導入、さらに「防衛型空母」や大型病院船(多目的船)の保有の動きも出てこよう。
現在、マスコミはほとんど注目しないが、船舶検索法案が成立間近だ。この法案は上程から10日足らずで衆院を通過している。一般に、船舶検査(「船検」)とは、自動車の車検にあたるもの。船舶安全法に基づいて、プレジャーボート(20海里以上航海するヨットを含む)などはこの検査を義務づけられる。今回の法案はこの「船検」ではなく、「臨検」と呼ばれる軍艦の行動に関わる。相手を停船させ、武装した海軍歩兵を小型ランチで送り、積荷や船内を調べる。米海軍の場合、ヘリコプターで海兵隊員を船舶に直接降下させる手法もとる。国際海洋法条約は、各国の軍艦に公海上で、海賊行為や奴隷取引に従事する船舶を臨検する権限を認めている。今回の法案は、「旗国」の同意さえあれば、国連安保理決議なしでも臨検が可能となる。米軍への軍事協力の一環として、米軍が行う海上阻止行動に海自艦艇が参加するための法的ルートの開拓といえる。だが、船舶検査法という重要法案の審議の様子は、国民に全然伝わってこない。近いうちに「おおすみ」級の輸送艦をあと2隻(半島の名前を使う。「いず」か「きい」?)導入するから、国民が知らないうちに、この国は緊急展開部隊をもつことになる。