講演や授業のネタを求めて映画館に行くが、このところなかなかチャンスがない。4月下旬、「不戦兵士の会」という戦争体験者の集まりで講演を頼まれた。その前日に無理して時間をつくり、「スターリングラード」(ジャン=ジャック・アノー監督作品、米・独・英・アイルランド合作)を観た。
カバーページに使っている「塹壕のマドンナ」は、スターリングラードの塹壕で描かれた木炭画である。これを描いたクルト・ロイバーは再び家族のもとに帰ることができなかった。私は映画のタイトルから、すぐにこの絵を連想した。だが、作品のトーンは私が想像していたのとはだいぶ違っていた。
すでに同名のものが2本あり、ずいぶん昔に観た記憶がある。1本はヨゼフ・フィルスマイアー監督作品(米・独合作,93年)。観客の体まで冷え込むような作品。極寒の雪原で、素手で地雷を除去するシーンが印象的だった。もう1本はエキアザーロフ監督作品「スターリングラード大攻防戦」(72年、日本公開は74年)
。「大祖国防衛戦争」の流れで、ひどく大味で大仰な旧ソ連映画だった。ほとんど記憶に残っていない。
今回の作品はこれらに比べれば、話は明快だし、ドラマ性も高い。映像もリアルなのだが、何か違和感が残った。なぜかと思ったら、みんな英語で話している。雰囲気を出すため、号令などごく一部に露・独語が使われている程度だ。これは大きい。では、とうのドイツでこの映画がどう評価されているか。ボン滞在中によく利用した「キノポリス」という映画館チェーンのHPを久しぶりに覗いてみたところ、「決闘」(Duell)
というタイトルになっていた。原題が「間近な敵」(Enemy at
the gates)だから、この方がしっくりくる。ついでに、ドイツyahooを開いて、映画評をサーチしてみた。「荘重な音楽、戦場の喧騒のなかの嫉妬、そして苦甘いハッピー・エンド。ロシア的英雄伝説がハリウッド的ステロ版に凝結している。しかもmade
in Germanyで」。なかなか辛辣だ。「1億8000万マルクも浪費した、マックの映画」との酷評も。日本の映画評はおおむね好評だが、「ジャッカル対ゴルゴ13」気分の映画という評もあった(『サンデー毎日』4月29日号)。戦争の本質を二人の個人の「果たし合い」に凝縮させて描こうとした意図はよくわかるが、それが十分に成功したか言えば、やや距離がある。名狙撃手ケーニヒ少佐を演ずるエド・ハリスの渋い演技や、主役のジュード・ロウの鋭い眼が印象に残るが、全体として人間描写がいま一つであることも原因していよう。
冒頭15分の戦闘シーンのリアルさは「プライベート・ライアン」と比べられるが、私はスピルバークの方が上だと思う。ただ、それでも冒頭シーンはやはり鮮烈だ。銃が不足しているため、新兵たちの二人に一人は銃弾5発だけ手渡されて突撃させられる。銃を持つ者が倒れると、それを奪い、自分の銃弾を装填して前進する。敵の火線に味方の部隊をさらし、後方からさらに押し出して制圧する手法は、人海戦術ではなく、人命をゴミのように捨てる「塵芥戦術」である(朝鮮戦争時の「中国人民解放軍」も同様の手法で大量の死者を出した)。怖くなって撤退すると、共産党政治委員が指揮する督戦隊の一斉射撃で皆殺しにされる。あどけなさが残る若者の不安げな顔。数分後には累々たる死体にかわっている。彼らには、無事を祈る家族がいるのだ。戦争一般ではなく、旧ソ連軍の政治委員制度の冷酷非情さを描いた点で、冒頭15分間は貴重である。もっとも、歴史知識のない観客には、ただの冷たい軍人のようにも見えるのが惜しい。作戦が消極的と追及される軍司令官。彼に自殺を強要するのは、政治委員フルシチョフ(後の首相)である。政治委員は時には軍人よりも上に立ち、作戦・指揮にも介入した。だが、決して責任はとらない。すべて最高指導者たる共産党書記長(スターリン)の「ご命令」だからだ。この無責任体制による無謀な作戦指導が、第二次大戦におけるソ連側の犠牲者が飛び抜けて多い理由の一つをなす(ドイツのせいばかりではない)。
ちなみに、一方のドイツ側にも凄惨な部隊が存在した。懲罰大隊。ナチスに抵抗した政治犯や刑事犯人からなる部隊である。地雷処理など危険極まりない任務を、武器なしでやらされた。背後から監視部隊の機関銃が狙う。前に敵、後ろに下がれば即射殺という世界。コンザリク(畔上司訳)『極限に生きる』(フジ出版)は、3個あった懲罰大隊(333、666、999)のうち、最も扱いが酷かった999大隊の記録である。そこでの上官のサディズムは常軌を逸していたという。憲法学者でマールブルク大学教授のW・アーベントロートは、左翼思想の故にナチスによって迫害され、第999懲罰大隊に送り込まれる。部隊の大半が戦死したなか、彼はからくも生還した(1985年に79歳で病死)。故・久田栄正氏のルソン島戦場体験を描いた拙著『戦争とたたかう』のなかで、アーベントロートの体験を紹介したことがある(同書37頁)。もし時間に余裕があったら(あり得ない想定!)、二人の体験をふくらませた映画用シナリオを書いてみたいと思う。なお、『戦争とたたかう』はすでに絶版になっているが、現在リニュアルを計画中なので、いましばらくお待ち下さい。
※現在超多忙のため新稿執筆ができず、今回もストック原稿で失礼します。