映画「軍隊をすてた国」をみる 2002年3月11日

ょうど一年前に「コスタリカ市民の憲法意識」を書いた。その後、弁護士たちが企画した「コスタリカ平和視察団」に参加しようとも思ったが、超多忙のゆえに断念した。そんなとき、作家の早乙女勝元氏から新作映画試写会の案内状が届いた。ドキュメンタリー映画「軍隊をすてた国」。1月16日、マスコミ関係者の試写会で鑑賞した。ますますコスタリカに行きたくなった。そんな映画だった。企画:早乙女勝元、監督:山本洋子、音楽:レイ・ハラカミ、舞曲挿入歌「告別」作曲:林光、歌とギター:小室等。早乙女さんの娘、愛さんの初プロデュース作品である。
「コスタリカ」とはスペイン語で「豊かな海岸」を意味する。映画は冒頭、コバルト・ブルーの美しい砂浜と、そこで舞う日本人女性の姿を映す。この砂浜の舞踊シーンは、ラストでまた登場。その時は米軍楚辺通信所(「象のおり」)をチラリとみせて、そこが沖縄・読谷村の砂浜であったことを観る者に確認させる。作品のなかで何度か舞を披露するのは仲村清子さん。1995年、米兵の少女暴行事件に抗議する県民総決起集会で、「軍隊のない、悲劇のない平和な沖縄を返して下さい」と訴えた普天間高校3年生(当時)である。98年に琉球舞踊新人賞受賞。現在、女優を目指して活動中という。映画は仲村さんの舞踊を随所に折り込みながら、中米コスタリカの自然や人々の生活を淡々と描いていく。若者も年寄りも子供たちまでもが、くったくのない笑顔で「軍隊のない生活」について語る。「なぜ軍隊が必要なの。警察だってうざいのに」と語る主婦も。教育費に国家予算の4分の1を支出している国だけあって、教育の現場はなかなか多彩でユニークだ。生徒会選挙で、候補者は「政党」を結成して、大人顔負けの選挙運動を展開する。子どもにとって、選挙はスポーツ祭と同様のものという感じである。一方、モンテベルデ自然保護区の協同組合には、環境と共存しながら、新しい形で経済的自立を目指す人々がいる。映画はその姿も淡々と描いている。コスタリカは極端な金持ちと貧困層が少なく、貧富の差が周辺諸国より激しくないことが政治的安定につながっている。国内対立に軍隊を使わないですむ民度の高さもこのあたりに起因していよう。
 コスタリカの制度で興味深いのは、立法・行政・司法の三権から独立している「選挙最高裁判所」だろう。これはコスタリカ民主主義の象徴とされている。大統領選挙の期間中、4カ月間、警察権は「選挙最高裁判所」の裁判長に移行する。この裁判所は、投票所までの交通手段の確保の仕事までする。憲法研究者としてみると、この機関の意味づけは、この国の歴史との絡みなしではむずかしい。実際に取材してから書きたいと思う。
 ところで、タイトル「軍隊をすてた国」という面でいえば、ニカラグアの国境地帯の長閑な描写はよかった。欲をいえば、積極的非武装中立宣言の前後の事情について、もう少し丁寧に描いた方がよかったのではないか。なぜ、どうやって「軍隊をすてた」のかについても、解説臭くならない程度の情報の提供がほしかった。なお、中米人権擁護委員会代表へのインタビューを入れて、「軍隊のないコスタリカ」で「警察の軍事化」が進んでいることへの危惧を示した点は重要である。こうした事情もあわせて描くことで、「軍隊がない」ことをポジティヴに評価する人たちだけで相槌を打ち合う作品にならなかったことは幸いである。冷戦後、不法滞在者が増加している。特に隣国ニカラグアから100万近くが流入。軍用武器が大量に出回り、武装犯罪集団による強盗事件なども増えているという。また、米国から戦闘機4機を購入して偵察に使用したり、沿岸警備隊と米海軍との合同演習も行われている。こうした複雑な現実がありつつも、市民生活レヴェルにおいて、軍隊のない状態が定着しているエピソードの数々は興味深く、また貴重である。コスタリカについて知識のない人々、あるいは軍隊を必要と考える人々にとっては、こうした個々の日常映像を、「軍隊をすてた国」の歴史的過程や背景と絡み合わせて提示すれば、より説得的になったのではないか。
関連していえば、この映画の問題点は、やはり「沖縄」との絡ませ方だろう。冒頭とラストの沖縄の砂浜。沖縄の人々が踊るエイサー。コスタリカそのものに懸命に向き合おうとしているとき、唐突に挿入される「沖縄」に、私は違和感を感じた。「沖縄」さらには日本国憲法との関連や連想は、鑑賞者の想像力に委ねるべきではなかったか。音楽も仲村清子さんの舞踏も美しいが、コスタリカそのものをより直截に描くことに徹した方がよかったのではないか。「沖縄」との過度な絡みに、製作者側の「勇み足」を感じた。なお、試写前の挨拶のなかで愛さんは、「沖縄」や「日本国憲法」との関わりを重視する父親と、コスタリカそのものをありのままに描こうとする自分や若い世代のスタッフとの間で意見の相違があったことを紹介していた。『毎日新聞』2月25日付「ひと」欄でも、「コスタリカに暮らす人たちの日常を伝えたい。肩を怒らせ何かを主張するような映画にしたくなかった。軍隊のないのが空気のように当たり前の国でした」と述べている。1972年生まれの愛さんは、コスタリカの理想化に違和感を感じたという。そして、コスタリカの人たちが「戦争」や「軍隊」という言葉をとっくに忘れていること、だから、平和を語る際のキーワードをいったん忘れて、この映画で「軍隊のない生活」そのものを感じてほしい、と語る。もし彼女のコンセプトが完全に実現していたら、作品の完成度はより高くなっていたに違いない。ともあれ、非武装憲法をもつ国の社会のありようを、生活レヴェルから丁寧に描いたものとして、この作品が現段階で望みうる最良のものであることだけは確かだろう。

なお、3月16日から24日まで、俳優座劇場で上映される。上映時間85分。詳しくは、あいファクトリー(電話03-5837-8330)まで。