先週16日に有事関連3法案が閣議決定された。すでに直言で何度か触れたし、『信濃毎日新聞』17日付や『朝日新聞』18日付「私の有事法制論」、『世界』(岩波書店)6月号(5月15日発売予定)でも論じた。今回は、日本より一足先に「普通の国」となったドイツのジレンマ、そのパート2として、徴兵制をめぐる状況について紹介する。 旧西ドイツは、1956年に徴兵制を導入した。「一般兵役義務は民主主義の子である」ということで、与野党一致の決断だった。その点で、政府も「徴兵制は憲法違反」という立場をとってきた日本とはかなり異なる。
近代立憲主義の流れをたどれば、徴兵制ないし一般兵役義務制は、民主主義と親和的に説明されてきた。国防は主権者たる国民が平等に担うという理解だ。現在、徴兵制を採用する国々は少なくない。NATO加盟国について見ると、96年段階で16カ国中10カ国で徴兵制が採用されていた。ただ、その後「徴兵制から志願兵制へ」の傾向が顕著になる。アメリカはすでに73年末に徴兵制を廃止しているが、冷戦後の95年から96年にかけて、ベルギー、オランダ、フランスがこれを廃止した。翌97年にスペインが続く。イタリアは2005年に、ポルトガルでも志願兵制への転換が計画されている。そうしたなかで、ドイツは数少ない徴兵制維持国だが、ここへきて徴兵制廃止をめぐる議論が活発化している。
原因はいろいろある。少子化の進行による18歳人口の減少によって、「平等な負担」が貫徹できなくなったことも原因の一つだ。2010年末までに、18歳人口の23%しか召集されない計算になる。一般兵役義務制は、同年齢の男性が平等にこの義務を果たすことが建前である。これを「防衛公平」(Wehrgerechtigkeit)という。自己の良心から兵役を拒否した者は、民間役務(代替役務)という福祉施設や救急車の運転手などの仕事に就く。若干期間は長いが、これに就くことで兵役を果たしたものとみなされる。1970年には18歳人口の40%が兵役に、25%が民間役務に就き、35%は何にも就かなかった。兵役に就く若者の割合は年々減少を続け、現在20%代の前半にまで落ち込んでいる。平等な負担が貫徹できず、2割強しかその義務を果たさないというのでは、もはや「一般」兵役義務制とは言えないというわけだ。2年前、ヴァイツゼッカー元大統領を長とする防衛改革委員会は、3万人の基本兵役者を確保する「選択的徴兵制」を提言した。金額的に今より高い報酬が約束された、限りなく志願兵制に近い構想である。現在、連邦議会の5会派中3会派が徴兵制廃止の立場に立っている。与党の社民党(SPD)内でも、複数の州議長が3月に兵役義務の廃止を公然と主張した。最大野党のキリスト教民主同盟(CDU)内には、基本兵役を現在の9カ月から6カ月に短縮してこれを維持する提案も出ている(憲法学者で元国防相のR・ショルツら)。そうしたなか、4月10日、連邦憲法裁判所(以下、憲法裁という)が兵役義務制を合憲とする決定を下した。現在33歳になる一人の兵役拒否者の事件である。旧東独のブランデンブルク州に住むこの男性は、旧東独時代に兵役を拒否し、代替役務相当の「建設部隊」における勤務をも拒否した。さらに統一後、ドイツ連邦軍に召集されたが、良心的兵役拒否の手続をとり、これが認められると、今度は民間役務(代替役務)に就くことも拒否した。福祉現場で働いても、それは兵役義務の「代替」にほかならないというのがその理由である。この種の人々のことを「全体拒否者」(Totalverweigerer)という。全体拒否は違法であり、懲役刑か罰金刑が科せられる。男性は起訴され、一審のポツダム区裁判所は1500マルクの罰金刑を言い渡した。男性は直ちにブランデンブルク州裁判所(ポツダム)に控訴。州裁判所は99年、一般兵役義務制を定めた兵役義務法などは「変化した政治的諸条件のもとではもはや合憲ではない」と確信するに至ったため、訴訟手続を中断して、憲法裁に対して、適用する法律の合憲性に関する意見提示決定(Vorlagebeschluss)を求めた。州裁判所は、「ドイツは遅くとも1994年8月に最後のロシア軍部隊〔東独駐留ソ連軍〕が撤退したことにより、その存在を脅かす脅威にさらされてはいない」のであって、一般兵役義務制は兵役義務者の基本権に対する「比例原則違反の侵害」を構成するに至ったという。
憲法裁が口頭弁論を開かなかったので、すでにその段階で違憲判断はないと見られていた。そして4月10日、憲法裁第2法廷は兵役義務制を合憲とし、州裁判所の意見提示を「許されない」として退ける決定を下した(以下、単に決定という)。これはJ・リンバッハ長官の最後の仕事だった。細かな論点が多々あるが、注目されるのは次の点である。
決定は、州裁判所が、兵役義務の合憲性を判断しないと本件刑事手続における判断を下せないという点を十分に説明できていないと批判する。また、従来の憲法裁の判例は一般兵役義務を合憲としてきており、この義務について改めて比例原則に即して判断する余地はないとも指摘している。さらに今回の決定は、州裁判所が「兵役義務を維持する他の諸理由が存在することを看過している」として、その例としてNATOの同盟義務を挙げる。そして、立法者には兵役義務制軍隊か志願兵制軍隊かについて開かれた選択肢があり、それは、防衛政策的観点からだけでなく、経済・社会政策的な理由もさまざまに評価・考量しながら行われる国家政策的決断であるとしている(1978年憲法裁判決参照)。
感想を言えば、ポツダムの州裁判所は、安全保障環境の変化が何故に徴兵制を違憲とするに至ったかについて説得的な議論を示しえていない。憲法裁がその弱点を突いたのは、ある意味で当然だろう。ただ、憲法裁が兵役義務制軍隊か志願兵制軍隊かの問題をただ単に安全保障状況だけで決まるものではないとしながら、あえて同盟義務を例示した点はやはり問題だろう。ユーゴ空爆、対テロ戦争参加と、国防目的で設置された連邦軍は、いまや国防目的を超えて国際政治の道具として利用されている。まさにこの時点で憲法裁が、立法者には志願兵制軍隊への選択肢も開かれていること、端的にいえば兵役義務制の廃止も立法者のフリーハンドであることを確認したことは実に政治的である。
なお、兵役義務制廃止の動きの背後には、対テロ戦などで露呈した、兵役義務者の海外派遣の困難さがある。「国防」目的で強制的に召集した者が「ブッシュの戦争」に参加して戦死した場合、どう説明するか。いま、ドイツ連邦軍内部では、外国出動の拡大によって深刻な士気の低下が生まれている(4月19日連邦議会防衛監察委員記者会見より)。そうした事情から、この際兵役義務制を廃止し、志願兵制軍隊にすれば、連邦軍の海外展開はより柔軟にできるようになるという読みである。かつて徴兵制廃止は平和運動の主張だったが、いまは「国防軍から緊急展開部隊へ」という軍隊機能の再編の議論とも絡んでいる点に注意する必要があろう。他方、福祉施設はツィヴィ(Zivildienst)と呼ばれる民間役務(代役)者によって支えられている。だから、兵役義務制が廃止されると民間役務者がいなくなり、福祉施設のなかには存立の危機に陥る所も出てくるという。兵役義務制の廃止問題は、安全保障問題だけにとどまらない、まさに国家・社会的問題であるというのはそういうことを含意してのことだろう(ただ、福祉分野を「代役」によってではなく、若者に一定期間担わせる「本役」〔一般役務義務〕の構想もある)。
日本では戦後一度も徴兵制を導入できなかった。自衛隊は志願制である。有事法制が「整備」されても、一般兵役義務制という意味での徴兵制は選択肢に入らないだろう。これからの「軍隊のかたち」は、多数の素人を召集して「国防」の任に就かせる徴兵制軍隊ではなく、コンパクトで機動性と柔軟性にすぐれたハイテク軍隊である。当然、少数精鋭の志願兵制がベースになる。ただ、戦略予備という観点から、何らかの形で若者の間に「防衛に親しむ」という切り口で、人員徴募の形態を導入することが追求されている。即応予備自衛官制度をさらに一般にも拡大し、学生や会社員なども参加させる形態(予備自衛官補)や、企業が新入社員研修を自衛隊で行うこと、あるいは、教育現場での「奉仕義務」導入なども、こうした動きと連動してこよう。有事法制も、多数の国民を物理的に「総動員」するというイメージではなく、当面は医療・建設・運輸などの専門家に絞って従事義務を負わせるという手法をとりながら(これ自体問題だが)、「有事」における「市民参加」の形が2年以内に出てくるだろう。これは「民間防衛」の問題であり(拙著『現代軍事法制の研究』第5章参照)、またの機会に論じることにしよう。