
国際法を踏みにじる年明けの暴挙――日本国憲法公布80年を前に
日本国憲法公布80年の年が始まった。昨年の「戦後80年」は、「石破所感」が「歴史に学ぶ姿勢」を誠実に打ち出し、地味だが、貴重な一歩となるところだったが、それを吹き飛ばす「11.7答弁」(高市首相の「存立危機事態」)により、「戦前ゼロ年」になり得る危うい状況のまま年を越すことになった。
明けて2026年1月3日。トランプが南米ベネズエラへの大規模な軍事侵攻を開始した。「絶対的な決意作戦」(Operation
Absolut Resolve)という傲慢な名称の作戦で、米軍はニコラス・マドゥロ大統領とその妻を拉致して、米国に搬送した。どんな独裁者であっても、一国の国家元首を軍隊を使って拉致することは、国際法上、到底正当化できない。国連決議もなく、自衛権行使や「人道的介入」を語る余地すらない。加えて、作戦終了の数時間後、トランプは「我々がベネズエラを運営する(run
Venezuela)」と宣言した。国を統治する(治める)なら“govern”とか“rule”という言葉を使うが、トランプは不動産屋的感覚で、ベネズエラという国を企業のようにマネージメントする気分なのだろう。社長に背任か横領の罪をなすりつけて逮捕して、その企業を乗っ取る。トランプにとっては、国際政治も関税政策も「ディール(取引)」のようなものだから、米軍部隊はさしずめ企業乗っ取りに使うヤクザというところか。「狂犬マティス」やマーク・ミリーのような立派な将軍たちなら賛成しなかったに違いない(ただ、その結果も予想できるが)。
作戦終了後、トランプ大統領は驚くほど率直に、自分が本当に望んでいることをはっきりと述べた。それは、米国企業によるベネズエラの石油の搾取と売却である。
パナマ侵攻(1989年)の既視感と今回の特徴
今回のベネズエラ侵攻は既視感(デジャブ)ありありだった。1989年12月20日のパナマ侵攻作戦である。麻薬取引の容疑でパナマの国家元首、マヌエル・ノリエガ将軍を逮捕する軍事作戦だった。これをリアルに、かつ客観的に描いたNHKスペシャル『暴かれた真実 1989年米軍パナマ侵攻』(1993年6月11日放送)は、すぐれた歴史的ドキュメントである(このタイトルで動画検索すると観られる)。このビデオは2004年頃から法政策論の講義で上映してきたが、麻薬密売者のノリエガ将軍の逮捕を口実にしてパナマに侵攻したブッシュ(父)政権の狙いを余すところなく明らかにしている。パナマ運河条約期限切れを前にして、パナマ運河を警備するパナマ国防軍を解体して、米軍が一元管理を行うことが真の目的だったとされている。その結果、パナマには軍隊がなくなり、米軍が運河の警備を担うことになった。ノリエガ逮捕は世論の支持を得るための口実だったわけである。なお、今回のベネズエラ侵攻を知って、私と同じようにこのドキュメンタリーを想起した方がいた(そのブロク参照のこと)。
2003年3月20日、ブッシュ(息子)政権は、「大量破壊兵器」を理由にして、独立主権国家であるイラクに侵攻した。イラク戦争である。結局、「大量破壊兵器」は見つからなかった。この戦争はフセイン独裁政権を打倒する「レジーム・チェンジ」が目的だった。多くの罪のない人々が命を落とし、イラクではその数は数十万にのぼった。
侵攻の際、相手国の国家指導者を極悪人や「お尋ね者」(WANTED)に仕立てるのが米軍の常套手段である。今回も、ベネズエラのマドゥロ大統領に「麻薬テロリスト」「無法な独裁者」というレッテルを貼って、その「逮捕」を正当化した。なお、マドゥロ独裁政権の人権侵害については「ベネズエラ人権状況報告書」参照。
ベネズエラには陸海空軍、国家警備隊を合わせて現役12万人、予備役とボリバル民兵を合わせると最大30万人を動員できる軍事力がある。3日に大統領警護隊を中心に80人ほどの死者を出したが、大規模な武力衝突には発展しなかった。端的にいえば、ベネズエラ軍は米軍と本格的戦闘を回避したといえる。副大統領との接点をもっていたようだから、政権内部で米軍侵攻に抵抗しないことが含意されていた可能性もある(いずれ明らかになるだろう)。トランプはMAGA支持者との関係で、ベネズエラに深入りすることは最初から計算に入っていないのだろう。

レジーム・チェンジでなく、レジーム・トゥイーキング(微調整)
ベネズエラで米国が行ったのは、「体制変更(転換)」(Regime Change)ではなく、「体制微調整」(Regime Tweaking)だったという評価がある(Andrew Korybko, Regime Tweaking, Not Regime Change, January 4, 2026)。レジーム・トゥイーキングというのはレジーム・チェンジほど徹底したものではなく、「対象国の権力構造を維持しつつ、干渉国の利益を促進する変更を加えた状態」をいう。「体制変更(転換)」(政権交代)を強引に行った結果、地域を不安定化させ、予測不可能な結果を招き、米国の利益を損なった過去を批判する人々が、トランプの支持層(MAGA派)である。だからトランプは、ベネズエラで強行的な政権交代を実行する意図を持っていなかったのではないか。米政権内で強硬な「体制変更(転換)」論者はジョン・ボルトンだった(写真参照)。彼はトランプと意見が対立するようになって補佐官を解任され、いまは刑事被告人になっている。
トランプはマドゥロの後継者に誰を考えているのか。2025年度のノーベル平和賞受賞者で、ベネズエラの野党指導者のマリア・マチャドをトップに据える気はないようである。3日の大統領専用機の機内で、記者の前で、「彼女には[国民の]支持も尊敬もない」と貶めていたからである。もっとも、気まぐれなトランプのこと、すぐに気が変わって、「マチャドはいい」と、高市早苗を持ち上げるのと同じ手法を使うかもしれない。マチャドはFOXニュースのインタビューで、トランプに謝意を表し、「1月3日は正義が専制を打ち破った日として歴史に刻まれるだろう」と語ったという。2024年の平和賞の受賞者とは大違いのミスマッチな人物ではある。
トランプはまた、「民主主義」という言葉を一言も口にせず、チャベス主義モデル[前大統領の路線]から西欧型への急進的な体制転換には(少なくとも現時点では)関心が薄いことを示した。副大統領のデルシー・ロドリゲスとコンタクトがとれていたようで、彼女は表向きはトランプを非難しながらも、次に自分が狙われるのを恐れて強い抵抗は呼びかけていない。トランプはベネズエラの直接統治をする気がないから、当面はロドリゲスを使っていくのだろう。トランプにとっては、誰が統治しても、米国の影響力さえ回復されればよいわけである。ロシア製や中国製の武器で武装されたベネズエラ軍を無害化すべく、おそらく国防相あたりには事前に手をまわしていた可能性もある。トランプにとって、一にも二にも、ベネズエラの石油が、米国が承認した買い手のみに販売され、中国やロシアの影響力が排除されればよいわけである。トランプはベネズエラの現在の政治家や官僚たちを使って、「体制微調整」(レジーム・トゥイーキング)を行い、効果的に「収益」をあげようとしているのではないか。
なお、マドゥロ大統領は1月6日、ニューヨーク連邦地裁の法廷に立ったが、当然、無罪を主張した。地裁の裁判官が、無理筋の起訴理由に対して無罪判決を出す可能性もある。さすがのトランプも、裁判干渉して、自分の望む有罪判決を出させることは困難だろう。次回公判は3月17日というから、それまでに自分に抵抗しない政権に変えてしまう。長期裁判になって、最終的に無罪判決が出ても構わない。少なくとも数か月、半年と、「マドゥロのいないベネズエラ」を作り、レジーム・トゥイーキング(微調整)することがトランプの狙いではないか。

ベネズエラの石油確保――国家安全保障戦略(NSS-2025)の具体化
ベネズエラは世界最大の石油埋蔵量を誇る。このグラフ(『南ドイツ新聞』1月5日)を見れば、ベネズエラが3030億バレルで世界1位である。だが、これはあくまでも埋蔵量で将来性、可能性の問題である。2024年の石油生産量のトップ10は米国が8億5800万バーレルで第1位、ロシアが5億2600万で第2位、サウジアラビアが5億1000万で第3位。ベネズエラは第10位で5000万バーレル。9位のクウェートの1億3100万バーレルの半分以下である。ベネズエラは経済が低迷し、国民生活は破綻に瀕している。石油を効率的に採掘できていないということが大きい。ベネズエラの石油は重質油で、粘度が高く、より複雑な採掘技術を必要とする。しかし、マドゥロの前のチャベスの政権が油田の一部を国有化したため、多くの外国企業がこの国から撤退してしまった。投資は急激に落ち込み、世界的な石油価格の下落もあって、ベネズエラ国有企業(PDVSA)の輸出先として中国の比率が急速に高まっている(2024年は20%を超えた)。
この戦略のポイントは3つ。第1に、ルールに基づくリベラルな国際秩序(LIO)を支えてきたものを否定し、それを取引と力に基づく枠組みに置き換えることである。「アメリカ・ファースト」の徹底、米国が世界秩序を支える時代は終わったと宣言している。第2に、地域における優位性を最優先課題として確保するという米国の根源的かつ構造的な本能を再確認して、モンロー主義(「トランプ補則」を付加)の積極的な現代化をはかることである。西半球(Western Hemisphere)への集中を明確にし、モンロー主義を再解釈した「トランプ・コロラリー」を宣言する。これは同盟国の負担分担の大幅な増加を要求するものである。第3に、軍事力やイデオロギーへの依存から経済外交への急速な転換である。国家主権と経済的利益(貿易・投資)を中心に据えるわけである。
カール・シュミット「広域圏の秩序」と「西半球モンロー主義」
ベネズエラ侵攻についての評価として、『南ドイツ新聞』4日付のヘルフリート・ミュンクラー(フンボルト大学)の寄稿文(Das Imperium schreitet voran )は興味深い。この侵攻でトランプは新たな世界秩序を確立しようとしているというのだ。米国は「価値観とルールに基づく世界秩序の覇権者としての役割から撤退する」。カール・シュミットのいう「広域圏の秩序」(Ordnung von Großräumen)のプロジェクトにおいては、ヨーロッパはもはや特別の役割を担うことはない。これはトランプの「安全保障戦略」(NSS-2025)に明記されている。「おそらくトランプは、EUの崩壊も望んでいるだろう。そうすれば、ヨーロッパ各国と経済・安全保障政策面でより容易に交渉できるからである」と。トランプが目指しているのは「3つの帝国による力を基本とした世界秩序である。ロシア、中国、そして米国が、影響圏によって秩序づけられたこの世界で主導権を握り、そのなかで米国が主役となる。これはロシアとの協力のもとで実現する可能性があるが、中国とは永続的な対立に発展するだろう。中国は、習近平主席が21世紀半ばには世界一の超大国になると宣言している。さらに、台湾をめぐる紛争もあり、この紛争では、ベネズエラに対する米国の対応がモデルとされる可能性がある。中国は、自らの戦略の参考とするため、ベネズエラをめぐる事態を細心の注意を払って注視しているだろう」と。
なお、シュミットの「ラウム」理論は、国際法に取って代わる特定の国家を中心とした地政学的勢力圏の秩序を意味し、第二次世界大戦中のナチ・ドイツの政策を理論的に正当化する役割を果たした。なお、「大東亜共栄圏」も「ラウム」理論で正当化された(例えば、小野清一郎「大東亜法秩序の基本構造」『法律時報』16巻1-4号(1944年))。トランプの「西半球モンロー主義」が、ナチスや「大東亜共栄圏」と思想的に響き合う面をもっていることは忘れてはならないだろう。
次はグリーンランド?、そして…
トランプの「国家安全保障戦略」(NSS-2025)のなかで目新しいのが、「モンロー主義にトランプ補則を付け加える」という部分である。モンロー主義とは、1823年にモンロー米大統領が提唱した外交原則で、米国はヨーロッパの政治に関与せず、ヨーロッパは西半球に口出しをするなというものである。トランプがヨーロッパ諸国の政権政党には冷たく、選挙ではその国の極右政党に肩入れするのも、このあらわれと見ることもできる。
「西半球モンロー主義」ともいうべきトランプ戦略に含まれる地域は、地球儀を見ると、東経0度から180度の間。北アメリカ、中南米、カリブ海諸国、アフリカ西部、ヨーロッパ西端(英国、アイルランド、アイスランド、スペイン、ポルトガル、フランス西端部)、グリーンランドなどが含まれる。当面、トランプは5つに絞って今後の「作戦」を考えているようである。それは、コロンビアとキューバ、メキシコ、カナダ、グリーンランドである。
目下、最も危ういのは、デンマーク自治領のグリーンランドかもしれない。トランプはグリーンランドを併合すると繰り返し脅している。冒頭の写真をご覧いただきたい。トランプの次席補佐官スティーブン・ミラーの妻ケイティ・ミラーは1月3日、“soon”(まもなく)という書き込みとともに、グリーンランドを星条旗が覆う画像をXに投稿した(blue news 2026年1月5日)。トランプは1月4日、大統領専用機の機内で、「我々はグリーンランドを必要としている」と語った。
米国とデンマークはNATOのパートナーだが、昨年12月11日にデンマーク国防情報局(DDIS)が公表した年次リスク評価には、米国が「デンマークの安全保障上の脅威の一つ」と初めて明記された。米国とデンマークの長年にわたる歴史のなかで初めての事態である。デンマーク首相のメッテ・フレデリクセンは1月4日、次のような声明を発表した。
「私は米国に率直に申し上げなければなりません。米国がグリーンランドを併合する必要性について議論することはまったく意味がありません。米国には、デンマーク王室連合の3カ国のいずれかを併合する権利は一切ありません。デンマーク王国、そしてグリーンランドはNATOの一員であり、同盟の安全保障の対象となっています。すでにデンマーク王国と米国との間で防衛協定が結ばれており、米国はグリーンランドへの広範なアクセス権を有しています。また、デンマーク王国は北極圏の安全保障に多額の投資を行ってきました。したがって、米国は、歴史的に緊密な同盟国である国、そして「売り物ではない」と明確に表明している別の国と国民に対する脅威を止めるよう強く要請します。」
いま、ヨーロッパはジレンマに陥っている。ウクライナに対するロシアの侵攻を非難しつつ、ベネズエラでは米国が「武力による現状変更」を行った。ロシアを非難して、米国を非難しないというダブルスタンダードと重々承知の上で、トランプに対する「苦言」「諫言」「進言」を小出しに行っている。ドイツのメルツ首相は「非常に複雑」という表現で、正面からの非難を避けている。現在のところ、トランプを怒らせずに、国際法の原則の堅持が重要であると言いつづけるしかないのか。何とも情けない限りである。
高市早苗首相は1月5日の年頭会見で、自由、民主主義、法の支配などの基本的価値や原則を尊重する立場を強調しつつ、「ベネズエラにおける民主主義の回復と情勢の安定化に向けた外交努力を進める」と述べるだけで、米国の軍事行動が国際法違反であるかどうかの評価には踏み込まなかった。1月6日に木原官房長官は、「日本は直接の当事者ではない」ので「法的評価を含めコメントを控える」と述べた。語るに落ちるである。ウクライナだって直接の当事者ではないが、ロシアを激しく非難してきたではないか。
最後に、直言「アフガンとウクライナ――大国が勝手に始めて、勝手に終わらせる戦争とは」を改めてお読みいただきたい。「ウクライナ戦争」までの米国の戦略が、トランプのNSSによってどのように変わってきたのか。戦争や軍事行動を正当化するためには、「偽旗作戦」(例えば、柳条湖事件(1931年)や「トンキン湾事件(1964年))すら不要になったことだけは確かだろう。「日米同盟の黄金時代」は、東半球の日本にとって悪夢でしかない。本気で「帝国」の臣下の地位からの離陸を考えるべきだろう。




