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今週の「直言」

2026年7月5日

「階級変更などやっている場合か」(「市ヶ谷レーダーサイト」『軍事研究』7月号)

年ぶりに「自衛隊の軍隊化がもたらすもの」の連載を再開する。半年前にアップしたその2は「一等陸佐が大佐になる?」だったが、これが実現の方向に動き出している。「軍曹」や「二等兵」は復活しないが、「少尉」から「大将」まで、幹部自衛官のみの名称変更になるようである。連載を再開するにあたって、この問題について若干補足的に述べておこう。

自衛隊の現員は220,252人(充足率89.1%)である。その階級別内訳は、幹部(将校)が43,434人(19.7%)、准尉4,699人(2.1%)、曹(下士官)139,572人(63.3%)、士(兵)32,547人(14.8%)である(2025年3月末現在、防衛省)。士については、雇用形態として「非任期制」と「任期制」とがあり、階級区分として、非任期制の20,552人のみをカウントすれば、士クラスの割合は9.3%となる。

一般に、どの国の軍隊も、将校・下士官・兵の順に、下にいくほど人数が多くなるピラミッド型の構成をとる。しかし自衛隊では、幹部(将校)が約2割、曹(下士官)が6割以上を占める一方、士(兵)の層が1~2割程度にとどまる。このため、底辺が比較的薄く、中間層が厚い、いわば逆ピラミッドに近い構造をもつといえる。ちなみに、米海兵隊の中佐はこの自衛隊のいびつな構造を「トップ・ヘビー(重心が上部にある)」と形容したという(香田洋二『自衛隊に告ぐ』(中央公論新社、2025年)119頁)。

幹部の内訳は、将62人、将補207人、一佐2,162人、二佐4,851人、三佐10,501人、一尉13,981人、二尉8,382人、三尉5,547人とされている(出典はここ。防衛省の公式の数字ではない)。

ところで、防衛省は、2027年度予算概算要求に必要な経費を計上し、この2割弱の幹部だけの階級呼称変更のために、自衛隊法など関連法の改正案を、来年1月の通常国会に提出するという( 『毎日新聞』5月17日付)。自維の連立合意書では、「自衛隊の階級、服制および職種などの国際標準化を26年度中に実行する」とある。首相の高市早苗は、物価高対策、災害対策など、国民生活にとって緊急に必要な対策よりも、自分を首相にしてくれた維新との約束を果たすため、国民にとって「不要不急の政策」の実現に前のめりというわけだ。

それにしても、なぜ名称の変更が幹部だけかというと、軍曹や一等兵などにすると、旧軍のイメージが強いので避けたいということらしい。将官は「将」と「将補」だけである。将補が少将にあたるのだが、「将」は中将と大将のいずれも含む。師団長ポストは陸将だが、これは中将相当である(「三つ桜」)。陸幕長は同じ陸将だが「四つ桜」で、各国の大将(フォー・スター・ジェネラル)にあたる。だから、「陸幕長たる陸将」と呼んで区別している。これが来年の法律改正により、陸自のトップの陸幕長は、陸上総隊司令官とともに大将になるわけである。ごくわずかな人数の高級幹部の自己満足のための呼称変更といわれても仕方がないくらい、緊急性や必要性は希薄である。これでは、「なーんちゃって軍隊」といわれても仕方がないだろう。

 注目されるのは、自衛隊員にも読者が多い『軍事研究』誌2026年7月号の「市ヶ谷レーダーサイト」が、「階級変更などしている場合か?」と、痛烈に批判していることである。筆者は北郷源太郎(「北方ジャーナル事件」で知られる小名孝雄のペンネーム)。私はこれを47年間定期購読している。高級幹部の人事異動情報がどこよりも早く正確なので、「六本木レーダーサイト」時代から「北郷源太郎」のこのイエローページを愛読している。

 この最新号147頁では、小泉進次郎防衛大臣のいう次の3つの理由が批判されている。
①名誉と誇りを持って働ける環境を整えて、人材確保につなげる。
②国民には「一佐」と「二佐」でどちらが高位か分かりにくい。
③国際標準化する必要がある。

   北郷は「これらはいずれも欺瞞である」として、①は、旧軍には誇りがあったが自衛隊にはないと言っているに等しく、まったく失礼だ。人材確保に努めるべきは曹士の方なのに、こちらは現行のままというのでは平仄が合わない。②については、二等兵が一等兵よりも高位だと思っている国民はいないだろう。③については噴飯もので、一等海佐の名刺の裏にはCaptainと書いてあり、そもそも外国人は日本語の階級呼称など知らない。北郷は、憲法改正こそ先にすべきであって、自衛隊が国軍になってから新たな階級に変更すればよいと結ぶ。結論は私と異なるが、3点にわたる批判はその通りである。

この幹部の階級呼称変更も含めて、武器輸出5類型撤廃から、国旗損壊罪法案、定数削減法案、皇室典範改正案、副首都法案などに至るまで、石破自公政権が続いていたら決して実現に向かうことはなかっただろう。昨年10月に指摘した連立合意の危険な内容が次々に現実化しようとしている。連立合意のなかでとりわけ危険なのが、「安保3文書」(部内では「戦略3文書」という)の前倒しの「見直し」である。


「継戦能力」を熱く語る首相

 2月の総選挙の際、高市陣営が野党幹部を中傷する動画を大量に作成して拡散させた疑いが濃厚である。『週刊文春』が動画の全体を公開したが、そのなかに、「福岡に女神現る!」などの言葉で高市を徹底して称賛する動画も含まれていた。私も、文春オンラインで一度見たが、薄気味悪いと感じてしまうほどの高市賛美の動画だった。1月30日の福岡・警固公園での「伝説的演説」を別の動画で全部見てみた。内容はともかく、言葉には力があり、聴衆を興奮させるツボを心得ている。動画の最後の部分で、「安保3文書」(高市は「戦略3文書」という)を前倒しで見直すこと、中国のドローンに対して国を守るという「新しい戦い方」が必要なこと、そして、「長い戦争」が起きたときの「継戦能力」について熱く語った。動画の最後は、「戦争を続けるために、何か部品が足りないとか、砲弾が足りないという状況にしちゃいかん」という言葉で締めくくられている。勇ましいと言えば勇ましいが、首相というのは、本来であれば外交的な影響にも十分配慮しながら言葉を選ぶべき立場である。そこからすれば、驚くほど好戦的な表現ばかりが目立つ。

そもそも、「砲弾が足りなくなる」ような戦争とは、どのような戦争様相を想定しているのだろうか。昨年の「11・7答弁」(「存立危機事態」をめぐる)でも、台湾海峡において「戦艦」が使われる事態に言及し、軍事的な常識とのずれをうかがわせていたが、この演説でもまた、脈絡なく「砲弾」が例として持ち出されている。

日本の狭隘な国土において、砲弾が不足するほどの長期・大規模な消耗戦を想定しているのだろうか。34年前には、自ら「軍事問題の権威」という経歴を履歴書に書いたのは「ウソだった」と語っている(『CLASSY』1992年4月号〈光文社〉インタビュー)。こうした発言を見れば、さもありなんと言うべきかもしれない。

2022年12月、岸田文雄内閣は「国家安全保障戦略」など「安保3文書」を閣議決定した(直言「「12.16閣議決定」―「戦」と「時代の転換」」)。その1年後に、直言「欠陥機「オスプレイ」が象徴するこの国の「安全」―「安保3文書」から1年」をアップして、そこで次のように指摘した。「自衛隊の運用思想も、「敵基地攻撃能力」(「反撃能力」)を軸に、「事前」「予防的」「先制的」傾きと勢いを強めている。「専守防衛」は単なるお題目として扱われ、「自衛のための必要最小限度」概念が装備体系や装備導入に果たしてきた歯止めの役割も消失しつつある」と。そして、高市政権になって「安保3文書」の早急なヴァージョンアップが進められ、「継戦能力」(war-sustaining capability)と「新しい戦い方」というのが前面に押し出されてきた。


 
「安保3文書」の見直しの「有識者会議」―原潜導入を主張する「早大教授」も

   安倍晋三政権が集団的自衛権行使に踏み切る際、首相の私的諮問機関として「安保法制懇談会」に検討させ、その報告書に基づくという形をとった。そこに集団的自衛権行使に批判的見解をもつ研究者は一人もいなかった

    一般に、政府の「有識者会議」が御用学者(時に「誤用学者」)を中心に組まれるのは世間の常識に属するが、「最近は、政権べったりの顔ぶれを臆面もなく並べる芸のない人選がまかり通る」(『選択』2026年6月号54頁)。

    4月27日に国家安全保障戦略などの「安保3文書」改定のための「総合的な国力から安全保障を考える有識者会議」が発足したが、その15人のメンバーが問題である。 座長は元駐米大使。元防衛事務次官、元統合幕僚長と続く。5人の学者のうち3人は、同じシンクタンク「平和・安全保障研究所」の奨学プログラムを修了した旧知の間柄で、『選択』は「お友達同士の「タレント学者」」と表記する(55頁)。また、メディア関係からはフジテレビ社長と読売グループ社長が参加しているが、『朝日新聞』は「権力監視の役割を果たせるか」という見出しで、この2人について疑問視する長文の記事を出している(6月30日付)。ちなみに、「本社歴代社長は政府会議への参加なし」と付記している。

 ここで注意したいのは、『選択』が「正体不明の専門家」という見出しをつけた、遠藤典子早稲田大学研究院教授である。「原子力ムラ」の住人のようである。かつて直言「「学者商売」と「学者公害」」でも触れたが、どこの大学にも、研究や教育はそっちのけで、「学識者」として政府機関や審議会で「活躍」するタイプがいる。もちろん、研究も教育も手抜きせず、審議会などに参加して必要な役割を果たす尊敬すべき同僚も、少数ながらいた。だが、「安保3文書」見直しをオーソライズする「有識者会議」に参加して、原子力潜水艦の導入を主張する「早大教授」がいるのには驚いた。肩書を見ると、「早稲田大学研究院教授」とある。冒頭の写真の女性である。4月27日の有識者会議で、「中国の太平洋での活動が活発化している」と、原潜の導入が必要との考えを示したという。自民党はまだ原潜導入まで踏み切れていないが、維新は原潜導入に前向きなので、維新の意向を促進する意見といえる。

    「敵基地攻撃能力」(反撃能力)をもつ垂直発射装置(VLS)搭載の潜水艦について、2025年9月の防衛省の有識者会議の報告書では、「次世代の動力」の活用を検討という曖昧な表現にとどまっていた。原潜はディーゼル潜水艦に比べ、長時間の潜航が可能だが、膨大な費用をかけて、日本近海だけで運用する攻撃型原潜をというわけでもないだろう。原潜導入論の狙いは核ミサイル搭載の戦略ミサイル原潜ということになろう。原子力基本法は原子力利用は平和目的に限るとしており、原潜導入論は、日本のこれまでの「国是」の変更につながるものである。

    早大教授が過激な原潜導入論を説いて、高市軍拡の火に油を注ぐ役割を果たしていると世間で見られるのも心地よくない。この人の肩書を見てみると、本属は学術院(学部と大学院研究科)ではなく「研究院」とある。一般の人には、教授会人事で採用される学術院教授と区別がつかないと思うので、説明しておこう。 

20年前に、大学の教員ポストの多様化について書いた。当時は16種類だったが、その後、教授会の人事手続を経由しない(理事会直接任命の)「特命教授」が新設され、近年は研究所やプロジェクト研究所などの研究員に「教授」の名前を冠するタイプも増えてきた。雇用形態でいえば、学部や大学院で研究と教育に従事する教員ではなく、研究所の上級研究員をベースにした「(任期付)研究院教授」というポストも生まれた。だが、早稲田の場合、「研究院」をベースとする国立大学とは異なる。「早大研究院教授」を名乗れば、世間は早大の教授と受け取るだろうが、実態は上級研究員である。そういう人物が原潜導入論を展開しているのだということを(早大の名誉のためにも)指摘しておきたい。近年の大学に対する硬軟両面の介入が生み出した歪みのあらわれといえなくもない。

    なお、維新はかねてより「核共有」を主張しているが、安倍晋三も主張していた(直言「「核シェアリング」という時代錯誤」参照)。高市がこの方向を打ち出してくるかはどうかは、現在のところ未定である。ただ、昨年12月に、首相補佐官の尾上定正が、「日本は核兵器を保有すべきだ」との考えを示し、日本独自の核兵器体系について議論する必要性を説いていた(直言「日本の核武装はいかに検討されたか」参照)。同郷、同趣味で気が合うそうで、かつ北海道でも一緒に講演しているので(写真参照)、「サナエあれば憂いなし」の乗りで、非核三原則の放棄に向けてともに歩むのだろうか。


「新しい戦い方」と「継戦能力」

6月10日、自民党は「安保3文書」改定へ提言を行った。提言では、無人機やAIによる「新しい戦い方」への対応を強調している。ミサイルなどに比べてはるかに安価な無人機(ドローン)を使って、ミサイルなどの高額の兵器を破壊する。これを「非対称戦」などと呼ぶ。また、長距離攻撃可能な無人機の導入も検討されている。スタンド・オフ戦が求められるとするが、相手の射程外から攻撃する能力というのは、この南北に細長く、縦深性のない日本の国土を前提とした場合、リアリティを欠いている。しかも、スタンド・オフ戦は先んじた攻撃に傾斜しやすい。

そもそも「新しい戦い方」という言葉が一人歩きしているのではないか。どこの国でも、軍事部門は独特の用語を駆使して、自らの存在証明をする。政治はそれを受けて、他国との対外関係を外交や経済など総合的に取り仕切るという視点から、軍事部門の用語をそのまま使うことはしないというのが政治の矜持のはずだ。政治の論理で表現を和らげたり、場合によっては他の言葉に置き換えるのである。ところが、安倍晋三以降、軍事部門の言葉がそのまま政治部門の言葉として使われるようになった。福岡の演説の動画を見ても、「長い戦争」が日本周辺や日本で起きたらどうするのかと聴衆を煽るが、政治部門のトップとしては不用意な発言が目立った。ドローンが日本上空に押し寄せるとはどういう事態か。「ウクライナ戦争」の例を挙げるだけで、リアリティはない。

 「継戦能力」(長期戦対応)の重視というのは、紛争が武力紛争に発展しないようにする努力よりも、戦争を自己目的化する姿勢というべきだろう。弾薬・燃料・補給を確保し、長期間戦える体制を整備することに傾注すれば、かえって相手国を刺激して、相手の軍事的対応を拡大させ、しまいには引き出しかねないというジレンマがある。高市の勢いある言葉を聞いていると、日本の平和と安全保障を損なう最大のリスクは、実は高市早苗の存在そのものではないかとも思えてくる。「11.7答弁」さえなければ、ここまで日中関係は悪化しただろうか。もっといえば、「戦後80年所感」を出した石破茂がもう少し踏みとどまって、あの時期、あの局面で辞任しなければ、高市総裁も高市首相も存在せず、トランプの暴走でイラン戦争になっていたとしても、もう少しまともな対応ができていたのではないか。高市政権は、「我々の新たな安全保障方針は、先制・攻撃・奇襲だ」というイスラエルのネタニヤフと響き合い、「平和国家」日本のイメージを格段に低めている(下記の写真参照)。

台湾と中国の関係についても、高市の存在はリスクになっている。 「台湾有事」を語る人々は、常に独自の意図と狙いをもっている。中国が台湾に対する武力統一の意図を否定していないことは明らかだとしても、台湾をめぐる武力対立に発展すれば、中国側も大きな損害をこうむる。米国の戦略国際問題研究所(CSIS)によれば、中国が2026年以降に台湾の武力併合に踏み切る場合、米側は死傷者1万人、中国は1.5万人、日本も多大の犠牲をはらうと見積もっている(「台湾封鎖のシミュレーション―中国の台湾封鎖をウォーゲームで分析」)。1980年代半ばに軍事独裁が終了して以来、台湾の市民社会も発展してきている。高市は親台湾派とされる。「台湾有事」を煽る勢力とつながる高市とは一線を画して、台湾の市民社会との連携が求められる。なお、直言「「台湾でドンパチ、日本で戦争」?」および直言「台湾危機は「リスクもどき」」を参照のこと。

「新型軍国主義」という中国の非難は杞憂ではない

 1月9日の『人民日報』は、高市の「11.7答弁」をきっかけに、日本は「新型軍国主義」へと転換し始めていると非難した(『北海道新聞』2026年1月13日)。中国が日本に対して「新型軍国主義」という言葉を使用したのは「これが初めて」(中国専門家)といわれる(『山陽新聞』2月16日)。そして、5月14-15日の米中首脳会談のおりに、習近平は高市を名指しで非難し、「新型軍国主義の復活だ」と述べたという(『毎日新聞』5月24日)。トランプは「首相は素晴らしい指導者だ」と擁護したというが、実際、どんなやりとりがあったのかはわからない。

   防衛大臣の小泉進次郎は、5月31日、シンガポールで開催中の「アジア安全保障会議」で演説し、この中国の非難に対して、「事実ではない」と反論した。その際、小泉は、「核兵器と戦略爆撃機を大量に保有する国が、そのいずれも持たない日本を『新型軍国主義』と呼んでいるとしたらおかしいと思いませんか」と述べたという(『朝日新聞』6月1日付)。

対外関係で「軍国主義」(ミリタリズム)という言葉が珍しく論点になったので、大学院生時代に読んだアルフレート・ファークツ(Alfred Vagts)の大著『ミリタリズムの歴史』全4巻(望田幸男訳、福村出版、1994年)を書棚から取り出して、第Ⅰ巻序論を改めて読み直してみた。

ファークツは、「軍国主義」を単なる軍事力重視や戦争志向といった狭い意味でとらえるのではなく、より広く、社会的・文化的現象として把握することを説いている。軍国主義においては、軍事の「逸脱的肥大」がみられ、軍事的精神・象徴・形式が誇張され、軍事的価値観(規律・力・服従)が社会に浸透していく。さらに、軍事的思考が政治や外交を支配する。軍の役割や影響力が過度に拡大するのが特徴的である。つまり、軍事が「必要以上に」重視される状態である。軍事力の存在そのものではなく、社会や政治への軍事の支配の度合いが問題なのである。

したがって、小泉の議論は、中国の非難に対する反論になっていない。「核兵器と戦略爆撃機を大量に保有する国」が、日本のようにそれらを保有しない国を「軍国主義」というのはおかしいというのだが、ファークツによれば、装備の質や量は問題にされていない。軍事が政治や外交を支配し、軍事が「必要以上に」重視される状態が問題なのであって、核兵器も戦略爆撃機をもっていなくても、高市の福岡の警固公園での「伝説的演説」を動画で見れば、日本の政権トップが「必要以上に」軍事を押し出していることがわかるだろう。しかも、習近平は「新型軍国主義」といっていることに注意すべきである。戦前の日本のような天皇制軍国主義ではない。「必要以上に」軍事を押し出しながらも、「平和国家」を標榜する、軍国主義の新たな形態というわけである。

内閣法制局の自衛隊合憲解釈の肝は、「自衛のための必要最小限度の実力」であって、それを超えて違憲の「戦力」となる装備の保有例として、ICBM(大陸間弾道弾)、長距離戦略爆撃機、攻撃型空母を挙げていた(1988年4月6日参院予算委員会・瓦防衛庁長官答弁)。F35Bを搭載する「いずも型護衛艦」を運用すれば「攻撃型空母」として機能させることも可能となる。高市の「11.7答弁」の最大の問題点は、そうした装備をもつ日本が「台湾有事」に関与してくるという懸念を中国に与え、日中の経済・文化・学術などさまざまな関係を停滞させ、ひいては東アジアの「安全保障環境」(この言葉は使いたくないが)を悪化させたことにある。

 もっとも、ファークツの前述の「軍国主義」定義から見れば、北朝鮮の「先軍政治」こそ、最もこれにあてはまるといえるだろう。中国も、ファークツの定義からすれば、軍の役割が「必要以上に」大きい国といえる。天安門事件では、軍が直接武器を使って学生・市民を殺戮した。習近平は、党中央委員会総書記、国家主席、中央軍事委員会主席(党・国家双方)を一人で担う「三位一体」の状態であり、人民解放軍は「党の軍隊」にほかならない。その習近平が日本に対して「新型軍国主義」といったのだから、ある意味では「片腹痛し」という面がないわけではない。しかし、それはともかくとして、いま最も重要なことは、高市政権を退陣に追い込み、新たな政権に「11.7答弁」を撤回させて、日中関係を普通の関係にもどすことだろう。石橋湛山の思想と行動に学ぶことが求められる所以である。超党派の石橋湛山研究会(石破茂、岩屋毅ら)は、いまどうしているのだろうか。

 【文中トータル敬称略】

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「アシアナから」:カブールの職業訓練施設の一少年

Dieses Spielzeug wurde aus der Aschiana-Schule,
Kabul geschickt.

――「アシアナから」――

2002年のカブールの職業訓練施設で一少年が作った木製玩具。
肉挽器の上から兵器を入れると鉛筆やシャベルなどに変わる。
「武具を文具へ」。
平和的転換への思いは、いつの時代も同じです。
詳しくは、直言「わが歴史グッズのはなし(6)アフガニスタン」参照

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