
首相官邸主導の解散風
今回は「緊急直言」である。高市早苗首相が1月23日の通常国会の冒頭で衆議院を解散する「検討に入った」という記事が、『読売新聞』1月10日付1面トップに出た。朝から驚いた。すぐに前日の『日刊ゲンダイ』と「ねじれ解消餅・晋ちゃんの野望」(2013年)のシールをセットにした写真を撮った。『読売』が「政府関係者」の言葉を根拠にここまでの大見だしを打つのは、明らかにアドバルーンの役回りを自覚してのことであろう。昨年7月23日の「石破首相退陣へ」の号外を想起させる。『毎日新聞』11日付1面トップに続き、『朝日新聞』『東京新聞』も12日付1面で「検討に入った」と伝えた。根拠は「政府・自民党関係者」(『毎日』)、政府幹部(『朝日』)、「関係筋」(『東京』)と曖昧である。この「唐突な「首相官邸主導」の判断」において、「高市政権誕生の立役者である麻生太郎副総裁や、選挙事務など党務をつかさどる鈴木俊一幹事長(麻生派)ら主要党幹部への根回しは後回しにされた」と『毎日新聞』12日付(デジタルは11日)は書く。
首相周辺・側近のレベルはかなり怪しいから、身近な意見に引きずられて大局を判断するのは危うい。今週は韓国の李在明大統領(13日)、イタリアのメローニ首相(15日)などとの首脳会談が続き、高市首相が解散の判断を表明するのは週末以降になるだろう。そこで、まだ首相が解散を表明していない段階で、予防的に、「この解散は思い止まるべきだ」という「緊急直言」を出すことにしよう。
よく解散権は「首相の専権事項」とか「伝家の宝刀」とかいわれるが、この言葉が一人歩きして、首相が解散権をもてあそぶ(政局的利用)原因になっているように思う。憲法には首相の解散権など、どこにも書かれていない。内閣に解散権があるとも明示的には定められていないのである。
憲法69条は、「内閣は、衆議院で不信任の決議案を可決し、又は信任の決議案を否決したときは、十日以内に衆議院が解散されない限り、総辞職しなければならない。」と規定する。「解散されない限り」と受身形になっていて「誰によって」が憲法には書かれていない。そこから、学説上、不信任案可決(信任案否決)の場合に限られるという69条説が出てくる。他方、憲法7条3号には天皇の国事行為として「衆議院を解散すること。」とある。ここから、天皇の国事行為に対する「助言と承認」(3条)を与える内閣に解散権があると読み込む7条説が出てくる。議院内閣制の本質から導く制度説などもあるが、通説・実例は7条の内閣説である。
高市首相の「師匠」の安倍晋三は、2014年に「念のため解散」というのをやったことがある。これについては、直言「「念のため解散」は解散権の濫用か」で詳しく論じたので参照されたい。また、3年前に、岸田文雄首相(当時)が「解散風」を党内操縦に活用し、「解散権という「首相だけの特権」を目いっぱい使わせてもらった」とあけすけに語ったことがある(直言「解散権をもてあそぶ首相の「まさか」―議院内閣制の壊れ方」参照)。

何度も紹介してきたが、この解散権について、保利茂元衆議院議長がその濫用について厳しくいさめている。保利元議長によれば、解散が行われる場合として、(1)「議院内閣制のもとで立法府と行政府が対立して国政がマヒするようなときに、行政の機能を回復させるための一種の非常手段」、(2)「その直前の総選挙で各党が明らかにした公約や諸政策にもかかわらず、選挙後にそれと全く質の異なる、しかも重大な案件が提起されて、それが争点となるような場合には、改めて国民の判断を求める」の2つを挙げて、「特別の理由もないのに、行政府が一方的に解散しようということであれば、それは憲法上の権利の濫用ということになる。…「7条解散」の濫用は許されるべきではない」と明確に主張していた。
また、公明党の飯田忠雄元衆議院議員が、「憲法は、衆議院の解散権を内閣に与えていない。衆議院の解散は衆議院の議決を必要とする」として、7条説はもちろん、69条説まで否定して自律解散説を主張していたことは、公明党関係者でもご存じの方は少ないのではないか。
通常国会の「冒頭解散」と臨時国会の「冒頭解散」
国会の召集日に、論戦を経ないまま解散が行われる「冒頭解散」はこれまでも行われてきた。通常国会が始まってすぐの解散という点で括れば3例ある。まず1955年、鳩山一郎内閣が、施政方針演説後の各党の代表質問中に解散を行った例である。また、1966年に佐藤栄作内閣が、そして1986年には中曽根康弘内閣が、通常国会の召集の初日に解散を行っている。
憲法52条は「国会の常会は、毎年一回これを召集する。」と定め、国会法2条は「その召集は一月中に行う。」としている。メディアは通常国会の「冒頭解散」を盛んに書き立てるが、「解散」とは、衆議院議員の任期(4年)満了前に、すべての議員の資格を失わせる重大な行為である。国会法が「常会」(一般には通常国会という)として、重要法案や予算などを審議・決定する国会のスタート時点を1月としている点に注目したい。予算審議前に解散すると、行政の停滞や国民生活への影響も大きい。予算成立後に解散することがいわば慣例化し、通常国会冒頭の解散が長年に渡って行われないできたことは軽視されるべきではない。よほどの緊急性や必要性がなければ、少なくとも「通常国会の冒頭の解散」は控えるべきというのが憲法・法律から導き出される解散への黙示的制約とはいえまいか。
他方、臨時国会における冒頭解散は1996年の橋本龍太郎内閣と、安倍晋三内閣の2回目の解散の2例がある。一つ目については、すでに通常国会は終わっており、その後に召集された臨時国会の冒頭の解散は、小選挙区比例代表並立制による最初の選挙ということで、それなりの理由があった。しかし、二つ目の2017年に行われた臨時国会冒頭の解散は、北朝鮮のミサイル問題と少子高齢化を「国難」と位置づけ、これを「突破」するための解散とされた。まったく意味不明だった。この無理筋の解散について、私は「憲法蔑視の「暴投解散」」と名づけた (直言「「自分ファースト」の翼賛政治―保身とエゴの「暴投解散」」参照)。安倍は森友・加計問題でピンチに陥っていた。党内議論を吹き飛ばすためと『安倍晋三回顧録』271頁でも書いている。まさに自己都合解散だった。それゆえ、この「緊急直言」の副題を「保身とエゴの「暴投解散」(その2)」としたのは、「師匠」がやった臨時国会冒頭の解散に匹敵する理由のない解散であり、前述のように、通常国会の冒頭解散はまだ国会の審議を始める前にその母体をなくしてしまう点で、より問題だと考えたからである。
高市首相が検討している1月23日の通常国会冒頭の解散で、1月27日公示、2月8日投開票だとすると、解散から16日後となって、史上最短記録となる。すでに総務省は1月10日、各都道府県の選挙管理委員会事務局に対して、総選挙の準備を進めるよう事務連絡を出した。今回、高市首相は「沈黙」を効果的に使って、自民党のみならず野党も浮き足立たせている。まことに解散権は首相の最強の権力維持装置なのである。
高市首相はなぜ通常国会を開かせないのか
1月23日に通常国会が開かれれば、当然のように予算委員会などでこの間のさまざまな問題が徹底的に追及される。とりわけ重大なのは、韓国の『ハンギョレ新聞』2025年12月29日がスクープした統一教会の内部文書(TM特別報告)である。2021年の衆議院選挙で統一協会が自民党議員290人を応援していたこと、「高市」という名前が32回登場していることなどのリアルな実態が明らかにされている。この統一協会との深い関係や「裏金」問題の追及を避けるために衆議院の解散を行うということになれば、これはまさに自己都合・隠蔽解散といわざるを得ない。
自民党政権と統一教会との深い関係は、すでに直言「統一教会との関係は「大昔から」」で詳しく書いている。細田博之元衆議院議長が、統一教会関連の集会に登壇して、教団を讃える挨拶を行った(YouTubeはここから)。「会の内容について安倍総理に早速ご報告したいと思います」と語るほど、教団と安倍とは密接だった。今回の「TM特別報告」には、「高市氏は安倍元首相が強く推薦しているということ」「高市前総務大臣が総裁に選ばれることが天の望みだと思われる」とある(前掲『ハンギョレ新聞』)。「天の望み」がいま首相をやっているわけである。
通常国会が始まれば、予算委員会でこの問題は徹底的に追及されるだろう。「維新議員の「国保逃れ」自分の身は切らぬ卑劣さ」(『毎日新聞』1月11日付社説)と批判される連立相手はもっとボロが出てくるだろう。支持率がきわめて高い「今のうちに解散」という悪魔の囁きに高市は負けたということだろうか。
地方自治体からは悲鳴のような声があがっている。千葉県の熊谷俊人知事は、前回衆院選から1年3カ月しかたっておらず「毎年のように国政選挙に駆り出される自治体職員の気持ちを思うと、いたたまれない気持ちになります」とXに投稿した。同知事は「首相が自由に解散権を行使できる制度は早期に見直すべきだ」と問題提起した(『毎日新聞』1月12日)。まっとうな意見である。厳冬期で、しかも大雪が例年以上に厳しい2月の総選挙である。ポスター掲示板を含めて、雪のなかの作業量は相当なものになるだろう。全国の自治体職員の負担はいかばかりか。豪雪地帯では投票に行くことすら困難な地域が出てくるだろう。
加えて、物価高対策や円安対策を最優先にするといっているわけだから、そのための予算を年度内にあげられない可能性が出てくれば、公約の不整合になるだろう。
なお、総選挙が行われれば、時は受験シーズンである。まことに慌ただしい時期に究極の自己都合に付き合わせるのは受験生にとって迷惑も甚だしい。
通常国会の冒頭解散をこれから仕掛けようという高市首相とその周辺は、高い支持率を維持したまま電撃戦(Blitzkrieg)に出れば勝利できると踏んでいるようだが、そううまくいくとは思えない。それがある程度予測できるからこそ、「今のうちに解散」をやるのだろう。本「直言」の副題を「保身とエゴの暴投解散」(その2)とする所以である。

国際法を踏みにじる年明けの暴挙――日本国憲法公布80年を前に
日本国憲法公布80年の年が始まった。昨年の「戦後80年」は、「石破所感」が「歴史に学ぶ姿勢」を誠実に打ち出し、地味だが、貴重な一歩となるところだったが、それを吹き飛ばす「11.7答弁」(高市首相の「存立危機事態」)により、「戦前ゼロ年」になり得る危うい状況のまま年を越すことになった。
明けて2026年1月3日。トランプが南米ベネズエラへの大規模な軍事侵攻を開始した。「絶対的な決意作戦」(Operation
Absolut Resolve)という傲慢な名称の作戦で、米軍はニコラス・マドゥロ大統領とその妻を拉致して、米国に搬送した。どんな独裁者であっても、一国の国家元首を軍隊を使って拉致することは、国際法上、到底正当化できない。国連安保理決議もなく、自衛権行使や「人道的介入」を語る余地すらない。加えて、作戦終了の数時間後、トランプは「我々がベネズエラを運営する(run
Venezuela)」と宣言した。国を統治する(治める)なら“govern”とか“rule”という言葉を使うが、トランプは不動産屋的感覚で、ベネズエラという国を企業のようにマネージメントする気分なのだろう。社長に背任か横領の罪をなすりつけて逮捕して、その企業を乗っ取る。トランプにとっては、国際政治も関税政策も「ディール(取引)」のようなものだから、米軍部隊はさしずめ企業乗っ取りに使うヤクザというところか。「狂犬マティス」やマーク・ミリーのような立派な将軍たちなら賛成しなかったに違いない(ただ、その結果も予想できるが)。
作戦終了後、トランプ大統領は驚くほど率直に、自分が本当に望んでいることをはっきりと述べた。それは、米国企業によるベネズエラの石油の収奪と売却である。
パナマ侵攻(1989年)の既視感と今回の特徴
今回のベネズエラ侵攻は既視感(デジャブ)ありありだった。1989年12月20日のパナマ侵攻作戦である。麻薬取引の容疑でパナマの国家元首、マヌエル・ノリエガ将軍を逮捕する軍事作戦だった。これをリアルに、かつ客観的に描いたNHKスペシャル『暴かれた真実 1989年米軍パナマ侵攻』(1993年6月11日放送)は、すぐれた歴史的ドキュメントである(このタイトルで動画検索すると観られる)。このビデオは2004年頃から法政策論の講義で上映してきたが、麻薬密売者のノリエガ将軍の逮捕を口実にしてパナマに侵攻したブッシュ(父)政権の狙いを余すところなく明らかにしている。パナマ運河条約期限切れを前にして、運河を警備するパナマ国防軍を解体して、米軍が一元管理を行うことが真の目的だったとされている。その結果、パナマには軍隊がなくなり、米軍が運河の警備を担うことになった。ノリエガ逮捕は世論の支持を得るための口実だったわけである。なお、今回のベネズエラ侵攻を知って、私と同じようにこのドキュメンタリーを想起した方がいた(そのブロク参照のこと)。
2003年3月20日、ブッシュ(息子)政権は、「大量破壊兵器」を理由にして、独立主権国家であるイラクに侵攻した。イラク戦争である。結局、「大量破壊兵器」は見つからなかった。この戦争はフセイン独裁政権を打倒する「レジーム・チェンジ」が目的だった。多くの罪のない人々が命を落とし、イラクではその数は数十万にのぼった。
侵攻の際、相手国の国家指導者を極悪人や「お尋ね者」(WANTED)に仕立てるのが米軍の常套手段である。今回も、ベネズエラのマドゥロ大統領に「麻薬テロリスト」「無法な独裁者」というレッテルを貼って、その「逮捕」を正当化した。なお、マドゥロ独裁政権の人権侵害については「ベネズエラ人権状況報告書」参照。
ベネズエラには陸海空軍、国家警備隊を合わせて現役12万人、予備役とボリバル民兵を合わせると最大30万人を動員できる軍事力がある。3日に大統領警護隊を中心に80人ほどの死者を出したが、大規模な武力衝突には発展しなかった。端的にいえば、ベネズエラ軍は米軍と本格的戦闘を回避したといえる。副大統領との接点をもっていたようだから、政権内部で米軍侵攻に抵抗しないことが含意されていた可能性もある(いずれ明らかになるだろう)。トランプはMAGA支持者との関係で、ベネズエラに深入りすることは最初から計算に入っていないのだろう。

レジーム・チェンジでなく、レジーム・トゥイーキング(微調整)
ベネズエラで米国が行ったのは、「体制変更(転換)」(Regime Change)ではなく、「体制微調整」(Regime Tweaking)だったという評価がある(Andrew Korybko, Regime Tweaking, Not Regime Change, January 4, 2026)。レジーム・トゥイーキングというのはレジーム・チェンジほど徹底したものではなく、「対象国の権力構造を維持しつつ、干渉国の利益を促進する変更を加えた状態」をいう。「体制変更(転換)」(政権交代)を強引に行った結果、地域を不安定化させ、予測不可能な結果を招き、米国の利益を損なった過去を批判する人々が、トランプの支持層(MAGA派)である。だからトランプは、ベネズエラで強行的な政権交代を実行する意図を持っていなかったのではないか。米政権内で強硬な「体制変更(転換)」論者はジョン・ボルトンだった(写真参照)。彼はトランプと意見が対立するようになって補佐官を解任され、いまは刑事被告人になっている。
トランプはマドゥロの後継者に誰を考えているのか。2025年度のノーベル平和賞受賞者で、ベネズエラの野党指導者のマリア・マチャドをトップに据える気はないようである。3日の大統領専用機の機内で、記者の前で、「彼女には[国民の]支持も尊敬もない」と貶めていたからである。もっとも、気まぐれなトランプのこと、すぐに気が変わって、「マチャドはいい」と、高市早苗を持ち上げるのと同じ手法を使うかもしれない。マチャドはFOXニュースのインタビューで、トランプに謝意を表し、「1月3日は正義が専制を打ち破った日として歴史に刻まれるだろう」と語ったという。2024年の平和賞の受賞者とは大違いのミスマッチな人物ではある。
トランプはまた、「民主主義」という言葉を一言も口にせず、チャベス主義モデル[前大統領の路線]から西欧型への急進的な体制転換には(少なくとも現時点では)関心が薄いことを示した。副大統領のデルシー・ロドリゲスとコンタクトがとれていたようで、彼女は表向きはトランプを非難しながらも、次に自分が狙われるのを恐れて強い抵抗は呼びかけていない。トランプはベネズエラの直接統治をする気がないから、当面はロドリゲスを使っていくのだろう。トランプにとっては、誰が統治しても、米国の影響力さえ回復されればよいわけである。ロシア製や中国製の武器で武装されたベネズエラ軍を無害化すべく、おそらく国防相あたりには事前に手をまわしていた可能性もある。トランプにとって、一にも二にも、ベネズエラの石油が、米国が承認した買い手のみに販売され、中国やロシアの影響力が排除されればよいわけである。トランプはベネズエラの現在の政治家や官僚たちを使って、「体制微調整」(レジーム・トゥイーキング)を行い、効果的に「収益」をあげようとしているのではないか。
なお、マドゥロ大統領は1月6日、ニューヨーク連邦地裁の法廷に立ったが、当然、無罪を主張した。地裁の裁判官が、無理筋の起訴理由に対して無罪判決を出す可能性もある。さすがのトランプも、裁判干渉して、自分の望む有罪判決を出させることは困難だろう。次回公判は3月17日というから、それまでに自分に抵抗しない政権に変えてしまう。長期裁判になって、最終的に無罪判決が出ても構わない。少なくとも数か月、半年と、「マドゥロのいないベネズエラ」を作り、レジーム・トゥイーキング(微調整)することがトランプの狙いではないか。

ベネズエラの石油確保――国家安全保障戦略(NSS-2025)の具体化
ベネズエラは世界最大の石油埋蔵量を誇る。このグラフ(『南ドイツ新聞』1月5日)を見れば、ベネズエラが3030億バレルで世界1位である。だが、これはあくまでも埋蔵量で将来性、可能性の問題である。2024年の石油生産量のトップ10は米国が8億5800万バーレルで第1位、ロシアが5億2600万で第2位、サウジアラビアが5億1000万で第3位。ベネズエラは第10位で5000万バーレル。9位のクウェートの1億3100万バーレルの半分以下である。ベネズエラは経済が低迷し、国民生活は破綻に瀕している。石油を効率的に採掘できていないということが大きい。ベネズエラの石油は重質油で、粘度が高く、より複雑な採掘技術を必要とする。しかし、マドゥロの前のチャベスの政権が油田の一部を国有化したため、多くの外国企業がこの国から撤退してしまった。投資は急激に落ち込み、世界的な石油価格の下落もあって、ベネズエラの輸出先として中国の比率が70%と圧倒的である(米国は5~10%)。
この戦略のポイントは3つ。第1に、ルールに基づくリベラルな国際秩序(LIO)を支えてきたものを否定し、それを取引と力に基づく枠組みに置き換えることである。「アメリカ・ファースト」の徹底、米国が世界秩序を支える時代は終わったと宣言している。第2に、地域における優位性を最優先課題として確保するという米国の根源的かつ構造的な本能を再確認して、モンロー主義(「トランプ補則」を付加)の積極的な現代化をはかることである。西半球(Western
Hemisphere)への集中を明確にし、モンロー主義を再解釈した「トランプ・コロラリー」を宣言する。これは同盟国の負担分担の大幅な増加を要求するものである。第3に、軍事力やイデオロギーへの依存から経済外交への急速な転換である。国家主権と経済的利益(貿易・投資)を中心に据えるわけである。
カール・シュミット「広域圏の秩序」と「西半球モンロー主義」
ベネズエラ侵攻についての評価として、『南ドイツ新聞』4日付のヘルフリート・ミュンクラー(フンボルト大学)の寄稿文(Das Imperium schreitet voran )は興味深い。この侵攻でトランプは新たな世界秩序を確立しようとしているというのだ。米国は「価値観とルールに基づく世界秩序の覇権者としての役割から撤退する」。カール・シュミットのいう「広域圏の秩序」(Ordnung von Großräumen)のプロジェクトにおいては、ヨーロッパはもはや特別の役割を担うことはない。これはトランプの「安全保障戦略」(NSS-2025)に明記されている。「おそらくトランプは、EUの崩壊も望んでいるだろう。そうすれば、ヨーロッパ各国と経済・安全保障政策面でより容易に交渉できるからである」と。トランプが目指しているのは「3つの帝国による力を基本とした世界秩序である。ロシア、中国、そして米国が、影響圏によって秩序づけられたこの世界で主導権を握り、そのなかで米国が主役となる。これはロシアとの協力のもとで実現する可能性があるが、中国とは永続的な対立に発展するだろう。中国は、習近平主席が21世紀半ばには世界一の超大国になると宣言している。さらに、台湾をめぐる紛争もあり、この紛争では、ベネズエラに対する米国の対応がモデルとされる可能性がある。中国は、自らの戦略の参考とするため、ベネズエラをめぐる事態を細心の注意を払って注視しているだろう」と。
なお、シュミットの「ラウム」理論は、国際法に取って代わる特定の国家を中心とした地政学的勢力圏の秩序を意味し、第二次世界大戦中のナチ・ドイツの政策を理論的に正当化する役割を果たした。なお、「大東亜共栄圏」も「ラウム」理論で正当化された(例えば、小野清一郎「大東亜法秩序の基本構造」『法律時報』16巻1-4号(1944年))。トランプの「西半球モンロー主義」が、ナチスや「大東亜共栄圏」と思想的に響き合う面をもっていることは忘れてはならないだろう。
次はグリーンランド?、そして…
トランプの「国家安全保障戦略」(NSS-2025)のなかで目新しいのが、「モンロー主義にトランプ補則を付け加える」という部分である。モンロー主義とは、1823年にモンロー米大統領が提唱した外交原則で、米国はヨーロッパの政治に関与せず、ヨーロッパは西半球に口出しをするなというものである。トランプがヨーロッパ諸国の政権政党には冷たく、選挙ではその国の極右政党に肩入れするのも、このあらわれと見ることもできる。
「西半球モンロー主義」ともいうべきトランプ戦略に含まれる地域は、地球儀を見ると、東経0度から180度の間。北アメリカ、中南米、カリブ海諸国、アフリカ西部、ヨーロッパ西端(英国、アイルランド、アイスランド、スペイン、ポルトガル、フランス西端部)、グリーンランドなどが含まれる。当面、トランプは5つに絞って今後の「作戦」を考えているようである。それは、コロンビアとキューバ、メキシコ、カナダ、グリーンランドである。
目下、最も危ういのは、デンマーク自治領のグリーンランドかもしれない。トランプはグリーンランドを併合すると繰り返し脅している。冒頭の写真をご覧いただきたい。トランプの次席補佐官スティーブン・ミラーの妻ケイティ・ミラーは1月3日、“soon”(まもなく)という書き込みとともに、グリーンランドを星条旗が覆う画像をXに投稿した(blue news 2026年1月5日)。トランプは1月4日、大統領専用機の機内で、「我々はグリーンランドを必要としている」と語った。
米国とデンマークはNATOのパートナーだが、昨年12月11日にデンマーク国防情報局(DDIS)が公表した年次リスク評価には、米国が「デンマークの安全保障上の脅威の一つ」と初めて明記された。米国とデンマークの長年にわたる歴史のなかで初めての事態である。デンマーク首相のメッテ・フレデリクセンは1月4日、次のような声明を発表した。
「私は米国に率直に申し上げなければなりません。米国がグリーンランドを併合する必要性について議論することはまったく意味がありません。米国には、デンマーク王室連合の3カ国のいずれかを併合する権利は一切ありません。デンマーク王国、そしてグリーンランドはNATOの一員であり、同盟の安全保障の対象となっています。すでにデンマーク王国と米国との間で防衛協定が結ばれており、米国はグリーンランドへの広範なアクセス権を有しています。また、デンマーク王国は北極圏の安全保障に多額の投資を行ってきました。したがって、米国は、歴史的に緊密な同盟国である国、そして「売り物ではない」と明確に表明している別の国と国民に対する脅威を止めるよう強く要請します。」
いま、ヨーロッパはジレンマに陥っている。ウクライナに対するロシアの侵攻を非難しつつ、ベネズエラでは米国が「武力による現状変更」を行った。ロシアを非難して、米国を非難しないというダブルスタンダードと重々承知の上で、トランプに対する「苦言」「諫言」「進言」を小出しに行っている。ドイツのメルツ首相は「非常に複雑」という表現で、正面からの非難を避けている。現在のところ、トランプを怒らせずに、国際法の原則の堅持が重要であると言いつづけるしかないのか。何とも情けない限りである。
高市早苗首相は1月5日の年頭会見で、自由、民主主義、法の支配などの基本的価値や原則を尊重する立場を強調しつつ、「ベネズエラにおける民主主義の回復と情勢の安定化に向けた外交努力を進める」と述べるだけで、米国の軍事行動が国際法違反であるかどうかの評価には踏み込まなかった。1月6日に木原官房長官は、「日本は直接の当事者ではない」ので「法的評価を含めコメントを控える」と述べた。語るに落ちるである。ウクライナだって直接の当事者ではないが、ロシアを激しく非難してきたではないか。
最後に、直言「アフガンとウクライナ――大国が勝手に始めて、勝手に終わらせる戦争とは」を改めてお読みいただきたい。「ウクライナ戦争」までの米国の戦略が、トランプのNSSによってどのように変わってきたのか。戦争や軍事行動を正当化するためには、「偽旗作戦」(例えば、柳条湖事件(1931年)や「トンキン湾事件(1964年))すら不要になったことだけは確かだろう。「日米同盟の黄金時代」は、東半球の日本にとって悪夢でしかない。本気で「帝国」の臣下の地位からの離陸を考えるべきだろう。




