

通常国会冒頭の解散
今日で高市早苗政権発足から100日である。昨日、第51回衆議院議員総選挙が公示された。円安・物価高および金利上昇が継続する状況下で、列島全体が入学試験で神経を張り詰める時期に、また、例年にない豪雪を記録し一年で最も寒冷となる時期に、高市首相は解散を断行した(直言「通常国会の冒頭解散―保身とエゴの『暴投解散』(その2)」)。首相周辺の狭い範囲で決断され、『読売新聞』1月10日付と組んで一気に解散への流れを作った。支持率が高い「今なら勝てる」という卑怯な不意打ちである。19日に「なぜ、今なのか」と自らに語りかけ、「高市早苗が、内閣総理大臣で良いのかどうか、今、主権者たる国民の皆様に決めていただく、それしかない」と胸を張った。会見では「高市早苗」を4回、「高市」を計13回も使った。例の「働いて×5」という言葉も使ったから、端的に「早苗のための×5解散」と私は命名した(「水島朝穂の東京新聞への直言」『東京新聞』デジタル1月29日)。究極の自己都合解散である。前回「直言」のタイトルを、2017年の安倍晋三の「国難突破解散」に続いて、「保身とエゴの「暴投解散」(その2)」とした所以である。安倍が臨時国会の冒頭解散だったのに対して、高市首相は通常国会召集日の解散である。国会法2条の改正で1992年に「1月召集」となってから初めてのことである。この点で高市首相は安倍を「超えた」のかもしれない。

「国家防衛戦略」(NDS-2026)―「トランプ帝国主義」のバイブル
ドイツの『シュピーゲル』誌1月9日号の表紙はすさまじい。「すべて私のもの――まずはベネズエラ、そしてグリーンランド? トランプの帝国主義はいかに我々を脅かしているか」というタイトルで、「米国の対外政策が第一次世界大戦前の大国の政策を彷彿とさせる」という歴史学者のインタビューなどを収録している。そこに掲載された、セオドア・ルーズベルト米大統領の「新外交」に関する風刺漫画(1905年)は、「世界分割」のリアルな描写として実に印象的である。
1月23日、米戦争省(国防総省)は、トランプ2.0で初の「国家防衛戦略」(NDS-2026)を発表した。これは昨年12月4日に出された「国家安全保障戦略」(NSS-2025)に基づき、これを具体化したものである(NSSは、直言「ベネズエラ「体制微調整」(レジーム・トゥイーキング)の狙いはなにか」で紹介)。
トランプ政権は、「暴力に限りなく近い攻撃的なレトリックによってグローバル・ガバナンスの機構を再構築し、西半球を米国の排他的利益圏として確保し、中国を封じ込め、ヨーロッパ、中東、アフリカの戦略的状況に対する責任の負担を、より小さな同盟国に移そうとしている。驚くべきことに、2026年に展開したすべての出来事は、この「トランプ・ドクトリン」と呼べるものと完全に一致している」(Alexander Bobrov, January 26, 2026) 。
トランプの軍事戦略は、「かたつむりの歌」の乗りでいえば、日本に対して「♬金出せ、人出せ、血も流せ♫」を求めている。日本GDPの5%は約31兆円というべらぼうな金額になる。高市政権が防衛増税を早々に打ち出すのは、まさにこれへの布石だろう。「日米同盟の新たな黄金時代」というのは、日米関係の暗黒時代の始まりかもしれない。
なお、「NDS-2026」は「100年に一度の米国産業復興」の一環として、「米国の防衛産業基盤の再構築」が掲げられている。すべての「同盟国」から米国製兵器の発注が殺到して、まさに米国軍需産業の黄金時代の到来というところだろう。

トランプ暴走への高市首相の沈黙――対照的なカーニー・カナダ首相
トランプのグリーンランドへの強引な植民地的・帝国主義的手法が進むなかで、グリーンランドの住民が集会を開き、もう一つの「MAGA」を描いた帽子をかぶった。「アメリカよ、去れ」(Make America Go Away)。欧州8カ国がグリーンランド領有への露骨な対応を批判すると、トランプは追加関税を課すと脅した。これにはメローニ・イタリア首相も批判的姿勢をとった。日本で高市首相と蜜月の時を過ごした直後のことである。
高市首相は、ベネズエラ侵攻に対して、これを国際法に基づく国際秩序の侵害という指摘すらしていない。トランプの暴走を批判できない高市首相が、予算委員会などでこの点を追及されて答弁しなくてもいい状況をつくるために解散を打ったのではないか。11月7日の衆院予算委員会での「存立危機事態」答弁のようなことが起きないようにするために慎重になったのだろう。だから、高市首相は公示前のテレビ討論会でこの論点を質問されても、ベネズエラもグリーンランドも「抑止」だといってはぐらかすだけだった。国会の予算委員会とは異なり、テレビ討論会はたいてい時間切れでおしまいなので、「トランプを傷つけない」ですむわけである。高市首相の沈黙は、トランプへの忖度といわざるを得ない。佐高信「高市早苗は遮眼帯をつけたトランペット」(『マスコミ市民』2026年1月5頁)は、いい得て妙である。視野の狭い、トランプのペットだというわけである。
その高市首相と対照的なのが、カナダのマーク・カーニー首相である。1月20日のスイス・ダボスでの世界経済フォーラム年次総会で演説し、「大国がルールや価値観の体裁すら捨てて、権力と利益の追求に走る」ような「世界秩序の断絶」に直面するなかで、カナダのような「ミドルパワー(中堅国家)」や他の国々は、「人権尊重、持続可能な開発、連帯、主権、領土の一体性といった、私たちの価値観を体現する新たな秩序を構築する能力」を示さなければならないと語った。名指しこそ避けたが、明らかに内容的には明確なトランプ批判だった(BBC 2026年1月21日)。
トランプはカナダを関税で脅し、「51番目の州」と呼んで併合まで言及したが、カーニー首相は「対米依存からの脱却」を掲げた。カナダ軍が米軍の侵攻を想定した対応策を検討しているともいわれる(『朝日新聞』1月25日付)。75周年を迎えたNATOは、その創設者が「主要な脅威」となるという驚くべき状況になっている。
NATOは終わりに近づいている。名目上存続するには2つの可能性がある。一つはワシントンで政権交代が起こるまでの間、あたらずさわらず存続を続けることだ。新政権がトランプの帝国主義政策を否定し、賠償を行うだろう。しかし、信頼の破綻はあまりにも深刻で、この修復は簡単には実現しないだろう。次期政権がトランプ政権よりまともということが前提となる。二つ目は、NATOがワルシャワ条約機構へと変貌し、加盟国が単なる米国の下僕となることである(「NATOは消滅するだろう」憲法ブログ2026年1月16日)。
岸田文雄首相(当時)がNATO 75周年でワシントンのホワイトハウスに立ってから1年半で、NATOはその歴史的役割を終えることになるのか(直言「NATOグローバル化のパラドックス―「米国以外の国に戦争をやらせる体制」」)。

「中道改革連合」の安保政策をどう診るか
2014年の「7.1閣議決定」で、安倍晋三首相(当時)は、集団的自衛権行使違憲の政府解釈を強引に変更した。2015年にはこれに基づき、安全保障関連法(「平和安全法制」)が成立した。私も含め、圧倒的多数の憲法研究者がこれを違憲とした(直言「安保関連法案は「一見極めて明白に違憲」」)。私は、これに関する書物も岩波書店から出版して、野党議員の国会質問の参考にもされた(法律時報論文も参照)。
当時、立憲民主党はこの法案に反対した。法案が成立すると、私は、直言「安保関連法「廃止法案」を直ちに国会に―憲法違反を唱え続けよ」をアップした。立憲民主党も、「平和安全法制」の違憲部分を廃止する主張を2025年12月まで維持してきた。
ところが、1月15日に公明党と「中道改革連合」を発足させ、19日に党綱領と基本政策を公表した。そのなかで、「平和安全法制が定める存立危機事態における自国防衛のための自衛権行使は合憲」と明記したのである。
「存立危機事態」とは、「密接な関係にある他国」への武力攻撃によって日本の「存立」が脅かされ、「国民の生命・自由および幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態」をいう。自衛権行使の3要件のうちの第1の要件は、日本に対する武力攻撃の存在である。それを欠く集団的自衛権の行使は違憲となる。これが60年続いた政府解釈だった。
当時、公明党は連立与党として、この法案の成立に至る過程で自民党に対してさまざまな「歯止め」をかけようとした。「新3要件」として、「国民の生命・自由…根底から覆される明白な危険がある事態」という実際はあり得ないような要件をねじ込んで、集団的自衛権行使につながる道を少しでも限定しようとしていた。途中で、「他に適当な手段がない」という要件まで入れようとした(直言「「新要件」から「新事態」?」参照)。
実は1983年に公明党の市川雄一議員が、集団的自衛権行使には憲法改正が必要との答弁を政府から初めて引き出したのである。これを私は評価した(直言「答弁を引き出す国会質疑を―31年前の公明党市川雄一議員の例」)。だが、直言「公明党の「転進」を問う」では、「新3要件」を自民と「合作」で作り上げ、集団的自衛権行使の合憲解釈への道を掃き清めたことは否定できないとして批判した。また、公明党の山口那津男・前代表がドイツ紙のインタビューのなかで、「公明党はハンドルで、ブレーキとアクセルを操作して連立政権を正しい方向に導いている」と述べた点にも厳しい評価をしている(直言「連立政権23年、公明党のディレンマ」参照)。
ただ、専門家の間にも混乱があって、「7・1閣議決定」は、集団的自衛権と個別的自衛権とが「重なり合う」なかで、個別的自衛権の範囲の一部を集団的自衛権と呼んでいるだけであると主張する議論があった(直言「集団的自衛権行使の条文化」参照)。私はこの議論の誤りを明確にしている(直言「憲法研究者と安保関連法―元最高裁判事・藤田宙靖氏の議論に寄せて」)。「7.1閣議決定」も「安全保障関連法」(「平和安全法制」)も違憲であることはいまも変わりはないが、当時の大規模な法改正によって六法にも収録される現行法は様変わりしてしまった。そして今、その現行法をも高市政権は踏み越えようとしている。これを止めるにはどうするかということも考えなくてはならない。
高市政権が、維新によってアクセルをかけられて違憲性を強めていくのに対して、自公政権時代に限りなく違憲性を稀釈しようと努力をしてきた公明党の衆議院議員と、「平和安全法制」の違憲部分の除去を主張してきた立憲民主党の衆議院議員からなる中道改革連合が総選挙に臨んでいる。
ここで注意すべきは、中道改革連合は「存立危機事態における自国防衛のための自衛権行使」を「合憲」としたが、集団的自衛権については一切言及していないことである。立憲側の説明は曖昧な内容であり、議員たちが十分に理解しているようには見えない。中道改革連合の基本政策では、「存立危機事態」に認定された場合、「自国防衛のための自衛権行使は合憲」としている。「自国防衛のための自衛権」は個別的自衛権なのか、集団的自衛権なのか、あえてそのあたりを曖昧にして、「新3要件」を自民にのませた公明党とのすり合わせをはかろうという狙いだろう。
では、「存立危機事態」としてどんな場合が考えられるか。安倍首相時代、ホルムズ海峡の封鎖を「存立危機事態」にしようとしていたが、いま政府もこれを語ることはしなくなった(直言「ホルムズ海峡「存立危機事態」?」参照)。
高市首相は「台湾海峡」での事態を「存立危機事態」と断言してしまったことから、日中関係は決定的に悪化した(直言「高市政権は日本をどこに「戻す」のか」参照)。トランプ帝国の軍事戦略に前のめりで関わるばかりか、台湾と中国本土との緊張関係に火をつけようとしている。これに対して、中道改革連合は、「台湾有事」に自衛隊を出すことは、日本への武力攻撃がない限り行わないという立場を貫くことができるか。そうでなければ、高市首相がやろうとしていることと同じになる。高市政権に対して、かなり後退したとはいえ、衆議院解散によって熟考する時間が限られるなかで、どうにか一つの防衛線が引かれたという点で評価できるだろう。

有権者は「賢い選択」を
この写真は、昨年8月15日、高市首相が靖国神社を参拝したことをサウジアラビアの英字新聞 が伝えたものである。総選挙で勝てば、今年の8月15日に高市は内閣総理大臣として参拝するだろう。中国との対立はさらに進んでいるから、もはや遠慮はいらないということだろうか。
高市首相は「自民党の単独過半数を回復し、日本維新の会や国民民主党に媚びずに政策を実現することにご執心で、公明党を甘く見ていた節がある。『聖教新聞』1月23日付によれば、創価学会中央社会協議会は22日、中道改革連合の支持を決定した。26年間、当たり前のように上乗せされていた公明票がなくなれば、かなりの自民党議員は落選の危機に陥る。斉藤鉄夫共同代表は15日、「自民党の中にも、中道改革の考え方に賛同してくださる方がたくさんおります。そういう方々と新しい日本の政治を作っていく」と語っているので、総選挙後に政界再編が起きる可能性がある。1993年の宮澤喜一内閣不信任決議案可決前後の政党や政治家たちの動きに、どこか重なるところがある。
ここで重要なことは、まず高市政権の暴走を止めることである。日本が「トランプのポチ国家」となっていくのを防ぐことである。この点で、5年前の直言「どうやったら投票率はあがるか―「マニフェスト」+「選択しない選択」」で指摘した点を少しアレンジしていえば、「…今度の総選挙で求められているのは支持政党を選択することではない。高市政権の側にいる候補者を「選ばない」という選択をすることである。選挙区に自分の好みの候補者がいるかどうかは、この際あまり重視しない。立憲主義の前提を壊した政権の側にいる議員を選ばない。この「選択しない選択」によって、結果的に、その選挙区で政権側の候補者が落選する。比例区では支持する政党に投票してよいが、選挙区では「選択しない選択」をすることが大切である」と。
小選挙区では、およそ支持できない候補者でも、高市与党の候補に勝てる人を選ぶこと。正論を主張し、自分の意見とぴったり合う候補者に投票する選択ではなく、その選挙区で、裏金や統一教会支援にまみれた過去をもつ候補者が当選しない結果をもたらし得るようにする。これが賢い選択である。
なお、今回、最高裁判所裁判官の国民審査も行われる(直言「「10.31」、国民のもう一つの選択─最高裁判所裁判官国民審査」参照)。突然の解散のため、この国民審査の期日前投票が、1月中はできないという。投票率が低いとはいえ、憲法79条2項の重要な投票である。1月中に総選挙の投票を終えた人が、国民審査のために2月に入って再び投票所を訪れねばならない。これも、それも、あれも、すべて唐突な自己都合の「早苗解散」が原因である。




