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今週の「直言」

2026年7月17日


「君は政治の現実がわかっていない」――安倍晋三の高市評価

心ついた頃の首相は岸信介だった。したがって、高市早苗は、私が知る30人目(実人数)の首相ということになる。長年にわたり多くの首相を見てきたが、首相の本質が最も鮮明にあらわれる場面は2つある。国会の予算委員会における野党議員との一対一の論戦と、新聞記者たちの質問に答える記者会見である。歴代の首相たちは、その資質や政治手法、弁舌の巧拙に違いこそあれ、この2つの場には、いずれも真正面から向き合ってきた。

その点で、私の評価が最低の首相は安倍晋三だった。首相在任期間だけは日本一の安倍について、私は、「泥棒政治家(クレプトクラート)」と位置づけ、2度にわたる政権投げ出しの無責任性 を問うてきた。その安倍が、予算委員会においては、首相席から盛んに野次を飛ばすという非常に「みっともない」態度をとったことは記憶に新しい。また、重要な政策変更をはかる際の記者会見も、長時間にわたり一方的に話し続け、記者の質問にまともに答えずに打ち切ることもしばしばだった。メディア幹部との会食を繰り返し人事を駆使した官僚・党内操縦も巧みだった。さらに、国民に対しても、「寄り添う」という言葉を多用して、さまざまな現場に足を運ぶことを怠らなかった。このような安倍流「5つの統治手法」が、異様な長期政権をもたらしたのである。

 それと比べて、安倍を師と仰ぐ高市はどうかというと、「引きこもり」状態を、政権発足以来続けている。「週末引きこもり率」は、安倍の10倍以上に及ぶというカウントもある(『週刊文春』7月8日)。このような国会軽視の高市政権は、国政運営に大きな損害を与え続けている。あの安倍でさえ、野次を飛ばしながらも、委員会にはきちんと出席していた。しかし、高市はというと、予算委員会にも出てこない。すぐにふてくされ、「私を信用できないなら質問しないでほしい」と居直り、それを後に指摘されると、「国会の出席の求めがあれば出席して誠実に答弁してきた」と笑顔で返す。秘書の陳述書を委員会に出して国会答弁にかえる。このような発想が、一体全体どこから出てくるのだろうか。

    中傷動画問題や経歴詐称問題でピンチに陥るや、インドへの外遊に向かう。7月3日に帰国するや、国会との関係では引きこもりを続け、帰国翌日に姿を見せたのが、東京ビッグサイトで行われた日本ジュエリーベストドレッサー賞の表彰式だった。首相は特別賞を受賞し、女優・タレントたちと並んで、「一生懸命働いてまいります」などと満面の笑みでスピーチしていた(冒頭の写真はオリコンニュース7月4日より)。

    この日、野党は全面的な審議拒否を続けていたし、委員会はほぼ開けず、国会はストップ状態だった。野党は党首討論の開催と高市首相が出席する予算委員会の集中審議を求めていた。憲法63条は、内閣総理大臣は、答弁または説明のため出席を求められたときは、議院に出席しなければならないと定めている。だが、衆議院の75%は与党が占める翼賛国会状態のため、高市は思うがまま引きこもることができてしまっている。憲法63条違反と批判することもできようが、かなりむなしい。そもそも、国会をここまで軽視する首相を憲法は想定していなかったのではないか。

    記者会見をここまでやらなかった首相も他にいない。番記者をやっていた知り合いの記者が、高市に質問しようにも、「SNSを見てくださいですからね」と苦笑いしていたのを思い出す。高市は記者に質問されることも極端に嫌う。福岡・天神で支持者に語る際の生き生きとした表情と、野党議員や記者に質問される時の表情との違いはあまりにも大きい。高市が首相官邸1階の記者会見室で会見に応じたことが何回あったか。「ぶら下がり」の会見すら滅多にやらない。たまにやっても、「全社で一度ということなので、幹事社から」と手の内をばらされ、表情を一気に曇らせる場面をしっかりカメラに撮られていた。予算委員会の一対一の質問と並んで、首相の答弁能力、時に品性までもしっかり見抜かれる記者会見を嫌う高市は、安倍晋三を超えて史上最低の首相としての記録を更新しているといっていいだろう。

 その安倍は高市の「重大欠陥」を見抜いていた。「彼女はもうダメ。応援できない。…全然人付き合いをしていない。自分のことばかりでワガママなんだよ」(『週刊文春』7月16日号14頁)と、総裁選をめぐって人物評価をしている。高市に向って安倍がピシャリと、「君は政治の現実を何も分かってない!」と叱りつけたこともあったという(同15頁)。


憲法9条より先に、皇室典範9条が改正された ――「立法府の創痍」

 皇室典範は日本国憲法と同時に施行された法律であり、80年近くにわたり、実質的な改正は一度もなされていない。高市は憲法改正よりも、一般の法律と同じ手続で てっとり早く改正可能な皇室典範に手をつけようとした。大義名分は皇族数の確保である。これでは野党も反対しにくい。衆議院議長は、麻生派事務総長を務めた森英介である。麻生・高市の期待通り、森は、かなり強引に「立法府の総意」を表明した(6月10日)。

    「総意」の内容は、女性皇族が結婚後も身分を保持すること、旧11宮家の男系男子を養子として迎えることの2点だが、森はフライング気味に「養子に男子が生まれれば皇位継承権を持つ」と発言した。すぐに陳謝するポーズを見せたものの、6月30日に閣議決定された皇室典範改正案には、ちゃっかりそれが入っていた。この一連の森の行動は、「最低の衆議院議長」としての汚名を更新するものといえよう。

     「「立法府の総意」とは何か」「水島朝穂の東京新聞への直言」(『東京新聞』6月24日) でも触れたが、そもそも「立法府の総意」という言葉が奇妙である。これが国会の歴史のなかで使われたのは過去に1度しかない。2017年の明仁天皇(現・上皇)の生前退位の際、本来ならば皇室典範4条(「天皇が崩じたときは、皇嗣が、直ちに即位する」)の本則改正で臨むべきところ、女性天皇の議論に波及することを恐れた安倍政権が、一代限りの「特例法」で対応した際、その「附帯決議」で「立法府の総意」が用いられたのである。この場合、将来における「立法府の総意」の形成を期待するという文脈で使われたことに注意する必要がある。今回は、将来ではなく、現時点の多数派の見解をそのまま「総意」と称している。13党派のうち少なくとも6党派が慎重あるいは反対の立場をとる状況下で、これを「総意」とすることはかなり無理がある。先の総選挙の結果が、「高市マジック」(「時間」「気象」「祭典」の巧みな利用)によって歪められていたとすれば、現在の国会の正当性そのものが揺らぐことになる。まさに「立法府の創痍」と呼ぶべき状況ではないか。

 男系男子による皇位継承に固執する与党は、旧11宮家の男系男子の養子化を認めようとしている。11宮家は戦後改革により皇籍離脱しており、小泉政権下の有識者会議(2005年)も旧宮家からの養子を明確に否定していた。今回は、80年の間、一度も明文上の改正がされてこなかった皇室典範に手をつけることになった。

 皇室典範9条「天皇及び皇族は、養子をすることができない」。明確な禁止規範である。なぜ養子はだめなのか。旧皇室典範は42条で「皇族ハ養子ヲ為スコトヲ得ス」と定めていた。その根拠は、「宗系紊乱の門を塞ぐなり」(伊藤博文『皇室典範義解』)に求められた。自然血縁(実子)と法的血縁(養子)が混在して、「皇統」が混乱するのを防ぐという立法目的である。門地による差別などを禁止する日本国憲法のもとで、唯一、天皇の地位の継承についてのみ、「世襲」という君主制の仕組みを憲法上の例外として認めた以上、養子を安易に導入すればその仕組みは崩れる。養子の禁止が新旧の皇室典範で一貫している点の議論を十分に尽くさず、高市政権は性急にこれに手をつけてしまった。

    皇室典範改正案は10日、衆議院議院運営委員会でわずか3時間の審議で可決され、本会議を簡単に通過した。テレビメディアの多くは、この間の政治の重大ニュースを、猛暑・豪雨やクマの後にごく短時間流している。『東京新聞』11日付が1面トップで、「皇室の姿 審議3時間」と危機感をにじませたのがせめてもの救いだった。ただ、きわめて重要なことは、10日の質疑における宮内庁次長の答弁である。1947年に皇籍離脱した旧11宮家の男系男子と天皇の間には、「36親等から38親等の隔たりがある」という具体的数字を明らかにしたのである(『毎日新聞』7月11日付)。ネット上では、「赤の他人に限りなく近いのではないか」という声も流れた。法的に親族は3親等内の姻族、6親等内の血族だが、愛子内親王は1親等である。この事実を排除して、単に男系の男子だからという理由だけで、36~38親等を皇位継承の要素に入れることに合理的理由があるのか。審議はまったく深まらないまま、17日、皇室典範改正案は、参議院本会議で可決・成立した。

    なぜ、かくも性急に、なぜこんな無理をしてまで、高市政権は皇室典範改正に走ったのか。5カ月ほど前、総選挙の時の最大の争点は、物価高対策、消費税減税だったのではないか。今はほとんど見向きもされず、連立合意の隅にあった皇室典範改正が最優先にされている。この公約違反を有権者は問うべきではないか。

   高市政権の皇室典範改正の狙いについて語る前に、ここで、総選挙直前のドイツの新聞の記事を紹介しておこう。皇室典範改正が政治日程にすら登らない1月末段階のものだが、この問題を論ずる上での必要な情報がドイツ人の視点から示されているからである。 


初の女性首相により「阻まれた女性天皇」――ドイツの新聞から 

   定期購読している『南ドイツ新聞』(Süddeutsche Zeitung)2月2日付(デジタル版は1月30日)の総合社会面(Panorama)トップに、「阻まれた女性天皇」(Die verhinderte Kaiserin)という見出しで、東京特派員の署名記事が掲載された。妙に腰の引けた日本の新聞では決して付けられない見出しである。リード文は「日本の皇室には皇位継承の問題がある。実は、極めて人気のある愛子内親王という適任者がいるのだが、一つ問題がある。それは、女性だということだ」。かなりの長文で、ドイツ人読者に日本の現在の天皇をめぐる問題が理解できるように詳しく解説されている。書き出しはこうである。

   〈「もし臣民(Untertanen)の希望通りになれば、次の日本の天皇はおそらく女帝になるだろう。2025年12月の『読売新聞』の世論調査によれば、回答者の69%が女性天皇を支持している。現在の徳仁天皇は65歳だが、皇位継承問題をめぐっては、日本国民の間でしばらく前から注目が集まっている。というのも、比較的保守的な皇室支持者たちからも絶大な人気を誇る候補者が一人いるからだ。徳仁天皇と雅子皇后の娘である愛子内親王(24歳)である。…しかし、世界最古の世襲君主制である日本の皇室典範では、男子による皇位継承のみが認められている。さらに、皇族の女性が一般人と結婚した場合、その身分を放棄することを余儀なくされる。…〉 

   冒頭、日本国民のことを「臣民」と書いている。「しんみん」に濁点がついて「じんみん」となる。日本国民は君主-臣民の関係を完全には精算しなかったということだろうか。日本国憲法は、天皇を「象徴」にすると同時に、その地位の継承は君主制に不可欠な「世襲」に委ねた(2条)。したがって、天皇を語るときには「臣民」とするのが、ドイツの読者には理解しやすいという記者の判断かもしれない。

    記事は、愛子内親王の誕生以前から、皇太子妃に対して男子の皇位継承者を産むよう多大のプレッシャーがかけられたこと、三笠宮寛仁が側室に言及したことなども紹介する。〈愛子自身も、幼い頃から周囲の厳しい視線にさらされ、8歳の時、いじめを理由に一時的に学校を休学し、不安障害に苦しんだ。…しかし、時が経つにつれ、愛子はスターとなり、人々は彼女の成長を見守り、愛するようになった。…〉。そして、20数年の日本の皇室の状況を描写する。また、天皇・皇后とともに長崎と沖縄を訪れ、「彼女の世代では忘れられつつある第二次世界大戦の悲劇を偲んだ」と書くことも忘れない。その上で、皇位継承問題に入っていく。

    ここでの見出しは「日本初の女性首相は、女性天皇に反対している」である。高市が就任直後から、「女性天皇には反対であり、男系による皇位継承の伝統を守りたい」と明言していることを紹介し、こう続ける。

〈まさにこの国初の女性首相、つまり、男女平等の象徴的存在であるはずの人物が、女性天皇の即位に賛成しない意向を示している。彼女の政治的ロールモデルであるマーガレット・サッチャーと同様、高市首相も極めて保守的である。彼女は、自由民主党をさらに右寄りにシフトさせ、女性問題に力を入れることで党内での立場を弱めるリスクを冒すつもりはない。…〉 

    2024年10月、国連の女性差別撤廃委員会が、男女平等の妨げになるとして、日本政府に女性天皇を認めるように求めたのに対して、日本政府がこれを拒否して、国連への拠出金を停止したことも紹介。「このように、皇位継承をめぐる議論や改革をめぐる葛藤は、時代遅れの家父長制社会を反映している」と手厳しい。そして、女性天皇が過去に10代8人いたことにも触れる。

〈日本の歴史上にはすでに8人の女性天皇が存在した。最後の女性天皇は後桜町天皇で、1762年から1770年まで在位した。…男子のみによる皇位継承の原則が法律で定められたのは、1889年、睦仁天皇の治世、いわゆる明治時代になってからである。これは1947年に皇室典範に引き継がれた。したがって、1500年の間に126人の天皇がいたことを考えれば、これを「伝統」と呼ぶことは実際にはできない。…〉

    ドイツ人の読者も、日本という国の奇妙さに感じ入ったのではないか。『南ドイツ新聞』の紙媒体の記事をスマホで撮影して送ってくれているドイツ在住47年の日本人の友人も怒っていた。

「男系男子」は伝統ではない――女性天皇8人の在位期間は106年

 高市の言動で驚くのは、何のためらいもなく、「天皇は初代の神武天皇以来、万世一系、男系男子が継承してきた」というフィクションを語ることである。高市は、伝統的な右翼あるいは保守派ではない。「営業右翼」あるいは「ビジネスエセ保守」である。国会で追及されている経歴詐称(「米議会立法調査官」)の問題に関連して過去の動画を見たが、思想的な右翼でも天皇主義者でもなく、圧倒的な権力欲とデマゴーグとしての資質をもつ人物なので、少し突つくと底の浅さが一気に見えてくる。だから、国会での一対一の質疑を忌避するのだろう。

    高市がこだわる「男系男子」についていえば、歴史的事実は、女性天皇が古代に8代6人、近世に2代2人いて、合計10代8人、その在位年数の単純合計は106年になることだ。『南ドイツ新聞』が紹介している最後の女性天皇である後桜町天皇の在位期間は、将軍・徳川家治、老中・田沼意次の「田沼時代」である。ほんの250年ほど前のこと、米合衆国の建国から今日までの年数と重なる。

   男系男子に厳しく限定したのは、1889年(明治22年)制定の旧皇室典範以来であり、わずか137年前のことである。これを「伝統」とすることができるか。大日本帝国憲法2条は「皇位ハ…皇男子孫之ヲ継承ス」と明確に男子に限っていたが、日本国憲法2条は「皇位は、世襲のものであつて、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する」としており、「皇男子孫」という文言を用いていないことに留意すべきである。つまり、男子に限定していたのは、天皇を絶対君主とした帝国憲法下の58年間にすぎない。日本国憲法下で天皇は「象徴」になったのである。過去に8人の女性天皇がいたことを踏まえれば、天皇制とその皇位の継承のあり方は、その時代ごとに柔軟なありようを示してきたことに注意すべきだろう(『毎日新聞』7月1日参照)。

    「万世一系」や男系男子継承は近代以降に形成された「創られた伝統」にすぎない。昭和天皇の弟である三笠宮崇仁は1958年、神武天皇の即位は神話であり史実ではないとして紀元節復活に反対した。三笠宮が1946年に書いた皇室典範改正への意見書のなかで、将来女性の首相が誕生する時代には「女帝の問題も再検討されて然るべきだ」と述べていたことも想起する必要がある(直言「三笠宮崇仁と憲法9条―憲法制定過程における発言から」参照)。小泉純一郎から石破茂まで、男性の首相の多くは、将来の女性天皇の可能性をここまで強く否定することはなかった。まさか日本初の女性首相が、かくも頑強に女性天皇の誕生に反対するとは、さすがの三笠宮も想像できなかっただろう。


象徴天皇制を壊すのか――なぜ養子なのか

    安倍政権時代、集団的自衛権行使の合憲解釈や安保関連法に対して、明仁天皇はきわめて憂慮していたといわれている。明仁天皇は皇后とともに、太平洋戦争の激戦地をまわり、慰霊の旅を続けてきた。過去への反省と戦争の惨禍が「再び」起こることのないように気を配ってきた。憲法4条により天皇は政治的発言ができない。しかし、さまざまな場面で、平和への思いを表明してきた(直言「「8.14閣議決定」による歴史の上書き」 参照)。皇后も同様である(直言「皇后と山本太郎議員の憲法感覚」)参照)。

    日本国憲法への明仁天皇の思いはきわめて強いといわれた(直言「天皇退位をめぐる法と政治」参照)。異例のビデオメッセージ(2016年8月8日)のわずか1800字のなかで、「象徴」という言葉を8回も使っている。日本国憲法のもとでの象徴天皇を「守り続ける責任」という表現や、「象徴天皇の務めが常に途切れることなく、安定的に続いていくこと」が強調されていた。これは高市らが作った2012年の自民党改憲草案の「天皇元首化」とは一線を画する言葉である(直言「象徴天皇の「務め」とは何か」参照)。秋篠宮の憲法関係の発言もここに加えておこう。

 現天皇も上皇も、養子には反対といわれている。80年前、三笠宮が皇室典範改正への意見書のなかで危惧していた女性天皇問題、皇族女子の婚姻問題、女性宮家の創設問題などが表に出てきて、それが当事者たちの思いに逆行する方向で強行されようとしている。そのことに最も鈍感なのが、いまだに高市推しの「臣民」たちだろう。国会における重要法案について、じっくり報道しないテレビメディアの罪も重い。

   「国会の総意」が出た翌日、オランダ、ベルギー訪問に出発する天皇は記者会見に臨み、次のように述べた(宮内庁ホームページ6月11日)。「皇室の活動を、将来にわたり安定的に続けていくための皇族数の確保の在り方については、現在、議論されているものと承知しています。制度に関わる事項については、私から言及することは控えたいと思いますが、皇室の在り方や活動の基本は、国民の幸福を常に願い、国民と苦楽を共にすることだと考えており、こうした皇族数の確保の在り方についての議論においても、国民の皆さんの理解が得られるものとなることを望んでおります」。抑制された表現ながら、明らかに「国民の総意」とのズレを意識した異例の発言といえる。

 高市政権の強引な手法はさまざまな矛盾を生み出している。「国論を二分するような大胆な政策」の中身を語ることなく、「高市早苗」を選べといって推し活(サナ活)選挙に持ち込んで大勝したが、皇室典範改正の問題は、決して「国論を二分」してはいけない問題だった。なぜなら、天皇は「日本国民統合の象徴」だからである。高市のやったことは、象徴天皇制を壊す行為である。

     狙いは何か。はっきりいう。憲法9条の改正と天皇の元首化をめざす改憲勢力、とりわけ日本会議など、高市早苗の「岩盤支持層」の意向に沿った象徴天皇制の破壊にほかならない。女性天皇を阻止するためには手段を選ばない。そこでなぜ皇室典範9条なのか。養子を禁止する規範に手をつける背景には、養子縁組にこだわりをもつ勢力がいるからである。直言「統一教会の家族観に「お墨付き」」をお読みいただきたい(特に3つ目の小見出し「「統一家庭」のための養子縁組」)。統一教会の「TM特別報告」に高市の名前が32回も記載され、高市が「(自民党)総裁に選ばれることが天の望み」とされていたことが意味をもってくる。

    高市が「昭和百年記念式典委員長」として、象徴天皇を粗末に扱った首相であることも記憶しておくべきである。この政権が長く続くとは思えない。病気を理由にした政権投げ出しもありうる。高市のあとの政権が、皇室典範1条(「皇位は、皇統に属する男系の男子が、これを継承する」)を正面から取り上げ、象徴天皇制はいかにあるべきかについての理性的な議論(「愛子さま推し」ではなく)を経て、これを改正するときがくるだろう。その時、「国民の総意」と「国会の総意」が今回ほど乖離することはないだろう。

《追記》文中の新聞号外などの写真は、直言「わが歴史グッズの話(41)象徴天皇制を象徴するもの」で使ったものである。わずか9年で、時の政権が象徴天皇制の破壊に乗り出すとは。次にくるのは、直言「わが歴史グッズの話(39)―「靖国合祀遺族セット」」で紹介したような世界かもしれない。高市政権というのはそれだけ危うい。『読売新聞』7月18日付社説「象徴天皇制の根幹を傷つけた」は、「あの読売が」と驚くほどに的確な指摘で、共感できる内容であった。1933年1月にヒトラーが連立政権によってようやく首相になれた時、政権の閣僚たちも含めて、こんな男に何ができるとバカにしていた。「日本初の女性首相」という幻想も払拭する必要がある所以である。(2026年7月19日追記)

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「アシアナから」:カブールの職業訓練施設の一少年

Dieses Spielzeug wurde aus der Aschiana-Schule,
Kabul geschickt.

――「アシアナから」――

2002年のカブールの職業訓練施設で一少年が作った木製玩具。
肉挽器の上から兵器を入れると鉛筆やシャベルなどに変わる。
「武具を文具へ」。
平和的転換への思いは、いつの時代も同じです。
詳しくは、直言「わが歴史グッズのはなし(6)アフガニスタン」参照

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