「不審船」事件をどう見るか  2001年12月31日

99年3月23日の「不審船」事件が起きたとき、私はドイツに向かうルフトハンザの機上にいた。事件を知ったのは、ドイツに着いた翌日の母の電話だった。

その日、コソボ紛争のNATO空爆が始まった。あれから33カ月。奄美大島沖の東シナ海で、ついに「不審船」に対する船体射撃が実施され、結果的に15名の人命が失われる事態となった。海上保安庁職員3名も負傷した。

「不審船」が沈没したのは中国の排他的経済水域(EEZ)内だった。該船を発見したのは、警戒監視任務についていた海自第一航空群(鹿児島県鹿屋)のP3C哨戒機とされている。最初米軍が偵察衛星で発見して、海自に知らせたともいわれている。P3Cから送られた写真を海上幕僚監部で解析した結果、北朝鮮工作船に酷似していたというので、海上保安庁に連絡。巡視船による追跡が始まった。海自のイージス艦「こんごう」と護衛艦「やまぎり」が該船を挟み打ちにすべく、西に向かって出航した。現場では3隻の巡視船が該船を停止させようと試みたが、逆に自動小銃や携帯型ロケットチンチャー(RPG-7)らしきものによる反撃を受けた。そこで「正当防衛射撃」が決断され、該船は沈没した。

その模様を伝えるテレビ映像は衝撃的だった。夜間の荒波でも目標を固定して射撃できる装置付きなので、20ミリ機関砲弾186発のほとんどが命中した可能性が高い。該船からの射撃による巡視船の被弾は168発という。

それにしても、この事件にはわからないことが多すぎる。自衛隊による発見(米軍が最初?)から海保への連絡までに9時間も費やしたことが問題になった。『毎日新聞』12月27日付社説は、「もっと早めに各機関が連携した態勢を敷けば、中国のEEZまで逃走されず、捕捉できたかもしれない」と批判する。

だが、そこに別の意図はなかったか。あえて「不審船」を挑発し、自衛艦でなければだめという状況をつくり出す演出とみるのは穿ちすぎか。法的に見れば、追跡の開始地点が日本の領海ではなく、日本のEEZだったことは問題を残した。船舶には公海自由の原則があり(国連海洋法条約87、90条)、他国の領海内であっても無害通航が認められている(同19条1項、24条)。ただ、沿岸国の安全を害する情報収集や武器をを用いての訓練などを行うことはできない(同19条2項)。そういう無害通航とはいえない行動をとった船舶に対して、海保が必要な法的措置をとることは正当である。また、沿岸国は排他的経済水域においても、法令の執行のため必要な措置(臨検、拿捕など)をとれる(同73条)。追跡権はEEZにおいても認められるから(同111条)、EEZ内で違反行為が現認されれば追跡できる。

では、今回の「不審船」はいかなる法的根拠で追跡されるに至ったのか。日本のEEZ内で漁具を積んでいないなどから不審とみなされ、漁業法74条に基づく検査・質問のために停船命令が出された。だが、該船はこれに応じなかったため、漁業法141条(検査拒否)で警察権限の行使がなされたわけである。だが、該船が停止しないというだけで、船体に3度にわたる機関砲射撃を行ったのは疑問である。

先般の「テロ特措法」制定のどさくさに紛れて海保法の改正が行われ、領海内での危害射撃ができることになったが(20条2項)、EEZに20条2項は適用されない。ただの漁業法違反の疑いだけで、船体射撃は過剰すぎないか。追跡権は被追跡船舶がその旗国または第三国の領海に入ると同時に消滅するから、99年に「不審船」を取り逃がした「トラウマ」が海保幹部になかったとはいえない。この意地と面子が、現場を危険な状況に追い込んだのではないか。ちょっと引いてみれば、なぜ沈没(自沈の可能性あり)にまで至るような追い込み方をしたのかが問われる。

北朝鮮の工作船が日本近海に出没していることは確かであり、日本海側で起きている一連の行方不明事件にも関連があるとされる。この問題に関しては、30年来の畏友・高世仁君の仕事を私は評価する。だが、北朝鮮に対して軍事的に対応することには反対である。

今回のことで、巡視船の武装を強化するとともに、自衛艦で対処する法的根拠を創出すべきだという主張がすんなりと通る雰囲気が生まれてきた。すでに、先般の海保法改正では共産党までが賛成にまわり反対したのは社民党の8名だけという状況である。

海保法改正は「テロ特措法」制定とセットで考えるべきである。海の警察である海上保安庁は、その組織や訓練など軍隊化が強く戒められている(海保法25条)。その装備や運用方法にも、おのずと海上警察的な限界がある。海保の軍隊化は許されない。

では、相手が強力な装備をもつ「不審船」である以上、軍艦である自衛艦で対処すべきだという主張をどう見るか。私はこの主張にも反対である。

この点、韓国の『朝鮮日報』社説(24日付)が注目される。社説は、「日本の『過剰』と『傲慢』」というタイトルのもと、「今時まだ工作船を送っているのかと嘆かわしいばかりだ」と北朝鮮を批判しつつ、日本がとった措置への懸念を2点にわたり表明している。

一つは過剰対応の問題。「日本の巡視船が先に攻撃をし、それも3度も攻撃した後になって怪船舶が応射したこと」に社説は注目する。「領海内では先制射撃が可能になるよう海上保安庁法を改定したが、それはEEZでは通用しない」と批判する。

二つ目は、中国のEEZで船舶を撃沈したことに着目し、「十分に拿捕が可能であったにもかかわらず撃沈したのは説得力がない」とする。「日本は米国の9.11テロ事件以降、戦後56年間タブーとなってきた自衛隊の海外派兵を行っただけでなく、最近に入ってから軍事力行使に足かせになってきた要素の取り除き作業を始めている。その延長線上で出たのが今回の日本の行為である。日本は今回の事件に対する徹底した調査と共に、周辺国の『懸念』が日本の国益にもプラスにならないことを直視しなければならない」と結ぶ。重要な指摘である。北朝鮮の奇怪な行動に対して、過剰な対応をとることは得策ではないだろう。今後、韓国漁船とのトラブルや、中国の覇権的な海洋政策の弊害もさらに深刻化する可能性がある。これに「海軍力」の強化で向き合うのではなく、地域的な安全保障枠組の創出をめざして、この国の外交能力の錬磨こそ求められている。

【訃報】12月29日、指揮者・朝比奈隆氏が93歳で亡くなった。ご冥福をお祈りしたい。