「普通の国」先輩国ドイツのジレンマ 2002年3月25日

事法制をめぐる動きが急である。3月18日午後、参議院議員会館会議室で開かれた「有事法制を考える市民と超党派議員勉強会」で講演した。この日、春闘団体交渉(総長出席)が急に入ったため、1時間ほど話をして大学にとんぼ返りした。そんなわけで、用意した話の3割程度しか伝えられなかった。ただ、組合会議や団体交渉の仕切り役の仕事が続くなか、久しぶりの講演は、私にとってはリフレッシュの場になった(次回講演は5月3日岡山市)。なお、講演の冒頭、その日午前中にベルリンから届いた「ドイツ連邦議会防衛監察委員第43回(2001年) 年次報告書」(3月12日付) を紹介しながら、「完璧な緊急事態法制」をもつドイツが陥っているジレンマについて述べた。
ドイツは冷戦後、憲法(基本法)改正を行うことなく、連邦憲法裁判所の関連判決を根拠に「NATO域外派兵」を連続して行い、ついにコソボ紛争のNATO空爆に参加した(1999年)。そして「ブッシュの戦争」では、陸軍特殊部隊(KSK)を米軍の戦闘作戦行動に参加させるところまできた。現在、アフガニスタンの首都カブールの治安維持に876人、カンダハルに特殊部隊(KSK)92人、ウズベキスタン126人、クウェートに対ABC兵器部隊238人、「アフリカの角」(ジブチ)に海軍部隊1278人、ボスニア1719人、コソボ4705人、マケドニア586 人、グルジア14人、米本土警戒に計62人(フロリダ州12人、オクラホマ州50人〔空中早期警戒機AWACS要員〕)などを合わせると、約1万人が外国に派兵されている(Der Spiegel vom 11.3.2002,S.174)。
冷戦後、連邦軍の駐屯地閉鎖や人員削減、予算削減が進み、92年8月に47万6300人いた連邦軍は、現在28万6000人にまで縮減されている。その上、「国防」とは別筋の外国出動(日本的に言えば海外派兵)が急増し、それらは軍人の士気に微妙な影響を与えている。3月6日、ついにカブールで、対空ミサイル廃棄処理中に爆発が起こり、2人の曹長が死亡した。戦後ドイツにおける初の「戦死者」である。それ以降、「ブッシュの戦争」を圧倒的に支持してきたドイツ世論は急速に冷めつつある。
さて、防衛監察委員は、連邦議会で直接任命される「軍事オンブズマン」である(こちらも参照してください)。年次報告書には、昨年就任したW・ペンナー氏から私宛の直筆の手紙も添えられていた。前任のマリーエンフェルト委員からきちんと引き継ぎを受け、公表と同時に私にエアメールを送るという配慮がうれしかった。
報告書によれば、この1年で連邦軍の将校・下士官・兵士から計4891件の請願があった。報告書公表にあたってペンナー防衛監察委員は記者会見し、「外国出動が、連邦軍の可能性を『使い果たした』」と述べている(die taz vom 3.13)。軍人たちは、外国出動の増大とそれと結びついた国内の追加任務によって「負担過重」を感じている。特に現地の安全性〔派遣国の治安悪化〕や装備や待遇面での不十分さに対する切実な訴えも増えている。バルカン地域では宿泊施設が貧困で、兵士一人あたり4平方メートルしかないという。装備や車両の老朽化が進んでおり、使用する兵士の年齢よりも古いものもある、と。ペンナー委員は、特にアフガン派兵時における情報の流出・混乱を指摘する。当該軍人よりもメディアの方が情報を多く知っているという状態が続くなか、「若い軍人の家族」にとっては「不快で悩ましい状況」が生まれたという。さらに、バルカンに派兵された軍人たちは、当該地域に対する政治的展望を見失っており、「職務の意味に対する疑念」が高まっているとも。ペンナー委員は、若い軍人家族にとって負担となる6カ月の派遣期間の長さと、危険な任務に比べてわずかな外国派遣手当てについて、批判の声が強いことも紹介している。なお、前掲のDer Spiegel 誌によれば、外国派遣手当ては非課税の180マルク(1万円弱)のみで、6カ月で中型車一台が買える程度の額という。また、ペンナー委員はいう。連邦軍の変化した任務と兵役義務の政治的正当性を合致させることは容易ではない。バルカンやアフガンへの派兵は「ドイツの防衛」や「NATO同盟」ではないからだ。
 英米にように「普通に」武力行使を行う「普通の国」となったドイツは、いま深刻なジレンマに陥っている。アメリカはアフガンに爆弾の雨を降らせながら、後始末をNATO諸国にまかせ、「次の獲物」に向かっている。「新参者」ドイツは甘く見られており、腰が引けてきたNATO諸国は、バルカンではドイツに任務を押しつけている。日本と同様に「金しかださない」と非難されたドイツ。「人も出そう」と派兵を始めるや、次々に任務を押しつけられ、ついには1万人もの兵士がドイツ国外に駐留することになった。それでも、米軍のイラク攻撃(5月にも予定されている)には、さすがのドイツ政府も3月に入って、「国連決議がない米軍単独行動には参加しない」と明言するに至った。
 ひるがえって日本はどうか。来日したブッシュ大統領は国会で演説したが、そのなかに、「私の親友の小泉首相はイチローそっくりです。どんな球(対日要求)が来ても、全部ヒット(聞き入れる)にする」という下りがある。これを聞いて微笑んでいる首相。「まっとうな」右翼なら、「国賊」として非難すべき事例なのだが。
 かくて、講演で紹介した「普通の国」ドイツのジレンマは、有事法制を整備したあとに来る日本の状況を先取り的に示しているように思われる。ただ、小泉首相は、ブッシュ大統領の要求にぎりぎりで「ノー」を言ったドイツ政府の真似はできないだろう。それだけに、このタイミングで有事法制を通すことは、アジア諸国にもアメリカにも、日本が軍事行動にさらに一歩踏み出すというメッセージを発することになる。個々の条文の問題にとどまらない、有事法制の重大性がここにある。【3月19日執筆】