「サダムゲート事件」--- 戦争における嘘 2003年7月7日

ラク特措法案が衆議院で可決された。この法案の問題性についてはすでに触れたことがある。今回は、ネット新聞6月26日付に載った興味深い論説(Ronald Dueker の署名入り)などを素材に、「イラク戦争の嘘」とその意味について考えてみよう。
 論説の見出しは「ウォーターゲート事件」。小見出しの「ホワイトハウスのサダムゲート」が目をひく。論説によれば、この6月、チャック・コルソンというニクソン政権の大統領補佐官と、ブッシュ大統領が40分も会見したという。この人物は、30年前のウォーターゲート事件(民主党本部盗聴を軸とする一連の事件)で公職を失い、7カ月間服役した。その後コルソンは、「キリスト教原理主義派」の運動団体を主催し、憲法の政教分離原則を問題にしてきた。この人物の活動を、ブッシュ大統領が支援してきたそうだ。ブッシュの原理主義と響きあうものがあるからだろう。さて、ウォーターゲート事件は米国の国家スキャンダルの象徴である。そこに深く関与した人物に必要もなく関係をもつことは、合衆国の大統領のモラル的な面でも問題だと論説は書いている。他方、ウォーターゲート事件に連座して、127日間服役したジョン・ディーン(ニクソン政権の大統領補佐官)という人物がいる。彼はコルソンと異なり、ブッシュと距離をとる。ディーンはウォーターゲート事件から引き出した教訓に基づき、ブッシュの情報政策を批判する。特にイラク戦争の戦前・戦中のそれを。イラクの大量破壊兵器の発見に時間がかかればかかるほど、政府が戦争の理由づけとした根拠が疑われ、意識的に虚偽の報告、つまり嘘をついたことが問題化するというわけである。
 私は、6月1日のNHKラジオ第1放送「新聞を読んで」で、「ベタ記事から見えるイラク戦争」という話をした。あの頃、各紙に小さく扱われていた事実を3つ拾って、イラク戦争を正当化する議論の怪しさを指摘した。この問題に関連して、英国下院外交委員会で公聴会が開かれている(6月17日) 。米国でも同様の動きがある。
政府が議会と国民をだまして戦争に突入した例は少なくない。はっきりいえば、開戦のの理由づけに、程度の差こそあれ、「嘘」や「誇張」を伴うことはかなり一般化しているように思う。「パールハーバー(真珠湾)を忘れるな」をめぐるルーズベルト大統領の怪しげな話は有名だが、約40年前の「トンキン湾事件」はとりわけ露骨である。1964年8月2日。ベトナムのトンキン湾で、米駆逐艦が北ベトナム魚雷艇の攻撃を受けたと発表した。同年8月7日、米議会の両院は、大統領に戦時権限を付与した。翌65年2月7日、「北爆」(北ベトナム爆撃)が開始された。だが、これが嘘だったことが後にわかった。その時は、政権担当者も軍高官もすべて退職しているのが常である。真実がわかるまで、かなりの年月を要する。その間、どれだけの命が失われたか知れない。ところが、今回のイラク戦争の場合、情報手段の驚異的発達とマスコミ利用の巧みさにもかかわらず、嘘の「賞味期限」は存外短かった。ブッシュは嘘でも押し通せると踏んだのだろう。
 ここで特に問題になっているのは、イラクが、アフリカのニジェール共和国から500トンの酸化ウランを購入しようとしていたという情報の「偽造」と「嘘」である。この点で、R・ハウベン「民主主義が危ない」という論説が注目される(Die Demokratie ist in Gefahr, in:Telepolis vom 24.6.03) 。これによると、「ニジェールからの酸化ウラン」について、今年1月28日、ブッシュ大統領は国民に向けの演説のなかで触れている。米中央情報局(CIA) はこの主張を2002年9月24日の議会報告書で行っているが、すでに同年3月の段階で、これが偽情報であることを知っていたとされている(ワシントンポスト紙6月12日付)。だが、ブッシュとホワイトハウス高官たちは、この酸化ウラン問題をイラク開戦の理由の中心に置いた。CIAも国務省も同じ理由でイラク戦争を正当化した。12月19日の安保理で、パウエル米国務長官も、ニジェールの酸化ウラン問題について主張した。国際原子力機関(IAEA)のエルバラダイ事務局長は、この情報が偽物であるとしていた。だとすれば、ブッシュは、今年1月28日の時点で、この情報が偽物であることを知っていたか否かが焦点となる。国務省のP.ケリーは、「それが偽造された情報であることは3月4日以降は周知のことだった」と認めている。ケリーによれば、ブッシュにはイラクに対する戦争を行うのか、それとも撤退するかの決断を行う十分な時間はあった。戦争の理由が不明確、起こしてしまった戦争の後始末にも四苦八苦。だとすれば余計、なぜ、あの時、あのタイミングで「予防的戦争」なるものを選びとったのか。
 ライス安全保障問題担当補佐官は、6月8日、大統領とその側近たちは、それが偽造された情報に依拠していたことを知らなかったと弁解している。だが、「ブッシュ政権が、2003年3月の第一週より前に、ニジェール資料が偽造されたものであり、かつイラクの核兵器保有が幻想であったことを知っていたかどうかにかかわりなく、戦争理由と、そのために提供された証拠との間の矛盾に注意を払う義務を免れない」だろう。「大量破壊兵器」があったとしても、その量、破壊力、運搬手段の用意、使用の意志などに鑑み、これに直ちに武力攻撃を加えるという理由はなく、今回は米英の軍事行動は、国際法上一切容認できない性質のものである。端的にいえば、イラクという国連加盟国に対する裸の暴力行使としかいいようがない。国連決議678号から1441号までの決議も、武力行使を正当化する理由にはならない。
 3月の時点で、イラクに核兵器が存在することを示す他の証拠は存在しなかった。3月19日にブッシュは開戦を宣言し、かつ、戦争の目的が、「イラクを武装解除し、……世界を巨大な危険から守ることである」と述べた。偽造された情報に基づいて、一つの独立主権国家に対する戦争が行われたのである。政府が公然と嘘をついたとき、彼らをどのようにチェックできるかが問われている。
 ブッシュ政権は、「大量破壊兵器の脅威」に対しては、イラク攻撃以外に手段がないか(なかったか)のようなヒステリックな対応をとった。TINAモード(「他に手段がなかった」There is no alternative.) に陥ってユーゴ空爆に参加してしまったドイツは、イラク戦争では軍事的コミットを拒否し、徹底的な査察を要求した。しかし、日本は査察に対して冷やかな態度をとり、ブッシュ政権に完全に寄り添う形になった。この主体性のなさは、イラク戦争の戦前・戦中・戦後を通じて一貫していた。そして、イラク特措法をそそくさと成立させ、自衛隊を送ろうとしている。
 イラク戦後の「復興」には2つある。何よりもまず、米英による一方的な対イラク武力行使によって傷つけられた「法による平和」の仕組みを回復させることである。そのためには、英米の戦争責任の追及が不可欠である。どんなに困難でも、その米英の戦争が国際法に反する侵略戦争であることを明確にし続けるべきである。やがてイラク戦争犯罪法廷が市民レベルで組織されるだろう。
 もう一つは、イラク市民の窮状に対する支援である。だが、本来的にはそういう悲惨な事態を生み出した米英が自己負担で後始末すべきものである。「いいとこどり」して、あとは国連への「丸投げ」ですますことは許されない。ただ、緊急の援助や人道援助を含め、国連の諸機関がコミットする復興支援には、自衛隊派兵以外の方法で関わる必要がある。その場合も、そのような悲惨な状況をつくり出したブッシュ政権の責任を明確にしながら行うことが大切である。フセイン政権がどんなに「人権侵害国家」あるいは「独裁国家」であったとしても、首都に向かって地上軍を前進させ、首都を占領する行為は、明らかに「侵略」である。「一国の軍隊による他国領域への侵入若しくは攻撃、又は、一時的なものにせよ、右の侵入若しくは攻撃の結果生ずる軍事占領…」(侵略の定義に関する決議3条、1974年12月14日国連総会決議3314号)。だから、市民に対する医療支援などを除き、米軍・英軍への直接的支援は「侵略」への加担と見られてもやむを得ないだろう。これは、日本がアジアや中東との関係で大変マイナスである。小泉首相のような態度を取りつづけると、いずれ「サダムゲート事件」でブッシュが責任を問われたとき、取り返しがつかないことになる。今からでも遅くない。大統領選挙で「票の偽造」まで行い「ホワイトハウス」を占拠しているブッシュ・ネオコンのご一党とは、適切な距離をとることである。これは、長期的にみた場合、真の日米関係にとってプラスになる。自衛隊を無理に派兵させて米軍占領に協力することはやめることである。ドイツに学びつつ、米国との適切な距離とバランスをとることこそ肝要である。