憲法調査会参考人の「君」付け 2003年8月4日

月16日、参議院憲法調査会に参考人招致された。テーマは、「憲法と緊急・非常事態法制」。私の発言内容や議員とのやりとりは、参議院のサイトですべて読むことができるので参照されたい。今回は、佐々淳行・元内閣安全保障室長と村田晃嗣同志社大助教授と一緒である。佐々氏とは、1997年9月のNHK衛星第一放送「BS討論・危機管理」で議論したことがある。村田氏は、広島大総合科学部で1年ほど同僚だった。

  さて、憲法調査会では、一人20分ずつ意見を述べたあと、議員の質問に答える。依頼されたテーマは緊急事態法制であるにもかかわらず、「憲法と条約」(憲法98条2項の解釈問題)から、イラクの「大量破壊兵器」の有無、北朝鮮問題に至るまで、参考人の意見陳述も議員の質問もかなり拡散した。出入りが激しく、居眠りする議員も目立った。共産党の男性議員(75歳)はずっと寝ていた。総じて議員の勉強不足は否めず、緊急権を具体的に憲法に導入すべきか否かという肝心な論点については、誰も関心がなさそうだった。「安全保障基本法」といった立法レヴェルの処理でいくという発言が続いた。ならば、何で憲法調査会なのか。だから、私は発言の冒頭、この調査会の存在理由について問うた。憲法調査会が、「日本国憲法について広範かつ総合的に調査を行う」(国会法102条6)というのならば、安易な規範変更ではなく、違憲の憲法現実を違憲でない方向に近づける地道な調査も必要だろう、と。なお、これは、私が憲法調査会に「苦言を呈した」という形で紹介された(高田健「今週の憲法調査会」『週刊金曜日』2003年7月25日号)。
  私の発言のメインは、日本国憲法が国家緊急権に対して「沈黙」していることの積極的意味を、帝国憲法の緊急権規定への歴史的反省と、平和主義とのリンクという視点から明らかにすることだった。ドイツと韓国の最近の議論も紹介しつつ、緊急権を憲法に導入するいかなる試みにも反対であるという態度を明確にした。そして、参議院が「第二院としての存在意義とその誇りにかけて」慎重の上にも慎重な審議をすべきだと発言を結んだ。続く質疑応答では、議論がいろいろな問題に拡散して、緊急事態法制をめぐる問題を深めるには至らなかった。議事録を見ればわかるが、私の発言が一瞬乱れるところがある。「日本と違って、ドイツの場合、大変野党が重要な役回りをいたします。つまり、基本法の――失礼いたしました。これは今のコンテクストで言いますと、憲法の改正に当たってそれぞれ3分の2を取りませんとですね、そういう意味です。……」。この箇所は、もし正確に議事録で再現するなら、委員席(爆笑)となる。私はいつもの調子で、「日本の議会は野党がだらしない」と言ったのだけれども、考えてみればここは国会だった。傍聴していた人に後で聞くと、「あえて言った」という印象を受けたという。
  議事録では分からないが、議員の反応が強かった箇所がある。共産党の議員があまりによく眠っているので、目を覚ましてあげようという気持ちもあって、こう述べた箇所だ。「…その意味(憲法9条の側に自衛隊を近づけ、災害救助隊に純化するという私の立場)からしますと、共産党が近年、自衛隊活用論という形で万々々が一には備えるということは大変残念でございます」と。これに対して共産党の女性議員は、「共産党が政権与党になって、もしも万が一なんですが、急迫不正の主権侵害があったとき、あるいは大規模災害があったときに必要に迫られた場合には存在している自衛隊を国民の安全のために活用するという立場です」と反論してきた。「急迫不正の侵害」というのは、外部からの武力攻撃の事態である。そういう場合(かりにこの党が政権与党であっても)、自衛隊を「活用する」とあっさり言ってしまうあたりに、この党の平和主義の弱点がある。与党になっても、どんな事態でも自衛隊は使わない、となぜ言えないのか。不破議長がこの論点に言及した1999年の時点で、私は滞在中のドイツからこれを批判したことがある。その後、この党が「自衛隊活用論」を正式方針にしたときに改めて批判した。その時に気づいたのだが、不破議長がしばしば引用する憲法書が、法学協会編『注解・日本国憲法』(有斐閣、1953年)であることだ。この日、何とこの女性議員も、『注解日本国憲法』を引用したのには仰天した(議事録参照)。この女性議員はよほど『注解』が好みらしく、構造改革特区法案に関連して、2002年11月28日の参院内閣委員会で質問したときも、憲法95条の解釈をめぐって、『注解日本国憲法』をまっさきに挙げている。平和主義についても、地方自治についても、この半世紀の間に学説は発展しており、その成果を踏まえた議論をしてほしいと思う。『注解日本国憲法』が出版されたのは私が生まれた年、日本国憲法施行6年目である。本書の平和主義理解は、今日の水準から見れば多くの限界や問題を含んでいる。憲法学の発展を踏まえず、いまだに半世紀前の『注解』だけを公の場で引用するのはいかがなものだろうか。

  ところで、参院憲法調査会に参考人招致されて、国会の「しきたり」を直接体験することができて面白かった。まず、国会では、委員長の許可を得て発言することになっている。議員が私に質問すると、私は一呼吸待つ。すると委員長が「水島参考人!」という。そこでおもむろに答えるわけである。ところが、議論がエキサイトしてくると、テレビ討論の気分になってしまい、質問者が発言を終える前に話しはじめてしまった。すると間髪をいれず、「水島参考人!」の声。アッ、と思うがそのまま続ける。後で議事録を見るとその部分は、委員長の言葉が先に書いてある。そんな場面が二度ほどあった。佐々氏は政府委員の経験が長いので、毎回手をあげ、「委員長!」と呼びかけてから発言していた。さすがに慣れておられると思った。
  それから、議事録を見るとわかるが、私は参考人(水島朝穂君)となっている。議員や閣僚が「君」付けされることはよく知っていたし、テレビでも見慣れた光景だが、自分が「君」付けされるのには、やはり違和感がある。議員を「君」付けする法的根拠は、参議院の場合は、参議院規則208条「議員は、議場又は委員会議室において、互いに敬称を用いなければならない」に基づき、参議院事務局『平成10年版・参議院先例録』433 「議員は、議場又は委員会議室において互いに敬称として『君』を用いる」である。土井衆院議長時代、「内閣総理大臣、細川護熈さん」という形で、議員や閣僚を「さん」付けした時期があった。もっとも、参議院では、女性のみ「さん」付けした例がある。参議院内閣委員会2003年7月8日議事録。「委員長(小川敏夫君)ただいまから内閣委員会を開会いたします。委員の異動について御報告いたします。昨日までに、榛葉賀津也君、阿部正俊君、八田ひろ子さん及び白浜一良君が委員を辞任され、その補欠として山下善彦君、吉川春子さん、高野博師君及び信田邦雄君が選任されました」。女性と男性をともに「さん」付けした例もある。参議院地方行政・警察委員会2000年3月21日。「委員長(和田洋子君)ただいまから地方行政・警察委員会を開会いたします。まず、委員の異動について御報告いたします。去る16日、吉川春子さんが委員を辞任され、その補欠として市田忠義さんが選任されました」。委員長が女性であるからだろうか、男性についても「さん」付けしたケースである。
  このように、議員については「君」付けする法的根拠がある。しかし、私のような民間人を参考人招致した場合に、「君」付けする法的根拠はどこにあるのか。政府参考人や証人が「君」付けされている場面は、テレビでもよく見るシーンである。私のような民間の参考人の場合の扱いは、一義的に明確ではないようである。結局、長い間行われてきた慣例ということなのだろう。実際の場面では、委員長は一貫して私のことを「水島参考人」と呼んでいた。だから、面と向かって「水島君」と言われたわけではない。しかし、参議院から渡されたすべての文書(当日の進行表なども含めて)に「水島朝穂君」とあるから、やはり「君」付けが基本とされている。
  なお、地方議会では、愛媛県議会が昨年、「○○君」を「○○議員」に、「賛成の諸君の起立を…」を「賛成の議員の起立を…」に変え、「君」付けを廃止した。また、『静岡新聞』は「トークバトル」として、呼称問題を正面からとりあげている(2002年12月22日付)
  「君」と呼ばれることについて、一般の人々と国会議員とでは、微妙な感覚のズレがあるように思う。ちなみに、研究者の世界では、「君」、「さん」、「先生」の微妙な使い分けがある。弟子や学部・大学院の同期生に対しては「君」と呼び、一学年でも先輩になれば「さん」、年上になれば「先生」となる。ただ、どのくらい年上だったら「先生」と呼ぶかは微妙である。文章で出すときは、「君」は「学兄」になり、「さん」は「様」になるが、「先生」は「先生」のままだ。昔、少し年上の先輩に「○○先生」と書いた抜刷を送ったら、「厭味かよ」と言われた。かなり年上の先生に「○○様」と書くのもまずい。間違っても目上の人に「○○学兄」などと書いてはならない。「学兄」を使えるのは同期より下に限られる。年輩の先生から「水島学兄」という手紙をもらうことはあるが、その逆はあり得ない。なお、和光大学の学生についてのアンケート調査で、「教授のことを何と呼ぶか」を聞いた箇所は面白い。慶應大学では「先生」は福沢諭吉のことであり、教授たちも「君」付けであることはよく知られている。
  というわけで、国会での「君」付け体験からいろいろと述べてきたが、結論は、やはり民間人の参考人に対しての「君」付けはやめた方がいい、ということにつきる。

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